こんにちは♪島根・松江で「幸せに暮らす✨守護天使からのメッセージ」をお届けしている ヒーリングサロンはるです。
この前の週末、little forestさんのフォトレッスン後
待ちに待ったおやつタイム♪幸せ〜♡
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弱い私でもきっといい
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来月のグレートコンジャクションまで、あと少しになりました。
みなさん、揺さぶられていますか〜?笑
もういらない価値観を手放すために、本当の自分を生きるために、きっといろいろ起きてきていると思います。
私の場合は、毎日、「情けない自分」と向き合っております。
ありえないミスや、「なんで〜」という出来事が立て続けに起きるのです。
銀行振り込みに行き、違う口座に振り込んで、相手に大迷惑をかけたり。
初対面の人に、ひどいことを言われたり。
手帳の記入ミスで、ダブルブッキングをしてしまい、謝って日にちを変えてもらったり。
ネットショッピングで買い物をしたら、とんでもない不良品がやってきたり。
「なぜ、こんなことが・・・💧」ということが立て続けに起きていて、落ち込んだり、自分を責めたり、理由を探しまくったり、という数ヶ月。特に、「ミスをして、人から責められる」ということは、私にとって、一番嫌なこと。でも、それが起きるのです〜。とほほ。
その中で気づいたのは、「情けない自分を許す・受け入れる」時がきているのかな・・・ということです。
これまでの人生、私はできるだけミスをしないように、間違いを犯さないように、人に迷惑をかけないようにしてきました。長い間教員をしてきたので、その思いはとても強かったと思います。
・間違えないように、一生懸命やる
・人に迷惑をかけないように、頑張る
・人に頼らない、泣き言を言わない
・「できない」と言わない
・・・こんな自分がいたと思います。これって、いつからだろう、と思い返すと、小学校2年生くらいに遡ります。
小学校2年の時、祖母が亡くなりました。厳しい面もあったのですが、共働きだった両親に代わって、私の世話をしてくれていました。でも、この祖母が亡くなった時から、私は「一人で行動する子供」になっていったような気がします。
まだ土曜日にも学校があった時代で、土曜になると学校の帰りに、一人でバスに乗って母の勤め先近くの親戚宅に行きました。そこでお昼ご飯を食べさせてもらい、夕方母が迎えに来るまでの時間を過ごしました。夏休みや春休みなど、長期の休みも、その親戚ですごしました。親戚宅には、年の近い男の子がいたので、一緒に遊ぶのは楽しかったし、会社帰りの母と、マーケットで買い物をする時間も好きでした。でも、その家の中で、私には「よその子」という意識が常にあったと思います。「ここは、私の居場所じゃない。でも、ここにいるしかない」という思いを抱えて過ごしていたことを覚えています。
他の場面で蘇ってくるのは、「病院」です。歯医者には、小学校1年生から一人で通いました。風邪をひいた時、足を怪我したときも、一番初めは多分母と行ったと思うのですが、通院することになると、一人で行きました。バスに乗って行ったり、学校の帰りに行ったりしました。また、風邪を引いて学校を休んだときも、母は務めを休まず、私は親戚の家に預けられたり、家で一人で過ごしたりしていました。
これまで、自分がしてきたことに何の疑問ももたなかったのですが、自分が子供をもち、自分の子供時代と比べてみると、
「なんで、私は一人でしていたんだろう」
「なんで、親は私のそばにいなかったんだろう」
という思いが湧いてきます。
昔と今では事情も違いますが、うちの子たちが一人で病院に行くことはなく、必ず大人が付き添うし、学校を休むときにも一人ということはありません。そう考えると
自分一人で何でもしていた私の子供時代って・・・?という気持ちになるのです。
きっと、
本当は一人で寂しかった
本当は親に一緒にいてほしかった
本当はもっと気持ちに寄り添ってほしかった
でも、
一人ですると褒めてもらえる
一人で行くと親の負担にならない
ということを子供ながらに感じていて
「大丈夫なふり」をしていたのではないかと思うのです。
本当は弱い私
本当は間違える私
本当は打たれ強くない私
そういう自分に蓋をして
強いふりをして
きっと何十年も過ごしてきたのだと思いました。
間違えてもいい
弱くてもいい
そういう自分の一部分を
これからの人生の中で
出していけたらいいなあと思います。
きっと、今起きている揺さぶりは
「ほらほら、こんなあなたもいたんだよ。思い出して」
ということを知らせてくれているのでしょう。
そして両親は、私の気持ちには
寄り添えなかったかもしれないけど
親なりの愛し方で
愛してくれたのだと思います。
高価なピアノを買って習わせてくれたし
本は好きなだけ買ってもらえたし
高校を卒業するまで塾に行かせてもらい
そのおかげで大学を出て
教員になることができたと思っています。
そして、今訪ねてきてくれる方々と
いろいろな話ができるのは
30年近い教員生活の中で
本当にたくさんの人たちと出会ってきたから
だと思います。
だから、これまでのことは
全然無駄ではなく、ちゃんと生きているし
見せかけの強さではあったかもしれないけど
いろいろなことにチャレンジできたし
親に頼りたくなかった分
周りの人と関係を築けたかもしれないと
思うのです。
これからの人生
どんな自分を出して生きていけるのか
ちょっと楽しみです♪
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