中学をなんとなく過ごして、嫌がらせなどあり、楽しめない塾を行き、高校受験になった。地元に高校はあったが、正直馬鹿でも入れる高校だったが、自分は勉強しないと入れないぞと言われたが、なんでそんなに脅してくるのかわからなかった。少しでも休憩したり、ちょっとテレビを見たら必ず一言言われ必ず部屋にいなくてはならず、勉強すれ、それだけ言われ、こんなやり方をされたらやる気も起きないやりたくない、体も動かない、部屋に入ってきそうな時だけ机に向かってやってる風の演技をしていただけ。だけど得意科目もあったし入れる自信はあった。
高校に行けば少し変われるか、楽しいかもと期待もしていたし、流れで高校に行くしか選択肢がなかった。
高校は無事受かり入学したが、まず、馬鹿高校には頭が悪い人間がいっぱいいる事を知ることになった。
バットを持っていきなり3年生が教室に入ってきて先生に絡みに行っていて、ボー然と眺めていた。
何も大事にはならなかったが正直やな所だと確信した。
同級生も今まで地元の人間しかいなかったので昔から知ってはいたけど、高校はいろんなところから人間が集まって、馬鹿者達がうじゃうじゃ来ていた。 
休み時間にはトイレにたむろして、暇になるとターゲットを呼んで焼を入れる理不尽な事を当たり前のようにやっていた。
でも何も言えない自分は、自分がターゲットにされない様隠れる様に過ごしていた。
高校でも野球部に入ってみたが、意外にも野球部の3年生が大人で良心的な方がいて、初めて紳士的な対応をしてもらい嬉しかったのを覚えている。
だけど人とうまく話せないのでいつも微笑む事しか出来ないので会話をしたっていう記憶はない。

時間が経つと慣れてくるので、くだらない焼き入れターゲットも時間が経つと飽きたのか新しいターゲットを探す様になり、自分が呼ばれ、腕を針金で縛られて殴られた。
何もしていなく理不尽に殴られて、なぜ何もしていない人間を殴れるのかわからなかった。
その時多分自分の中で黒い感情が初めて出てきたかもしてない。
驚いたのは焼き入れされた事をみんな知っていて、笑っている事だった。
でも何も言えない自分は笑って誤魔化し、穏便に済ませていた。
馬鹿な高校だと二学期の終わり頃になると、結構馬鹿すぎる人間は中退しており、少し平和になっているのを感じたが、焼き入れされた事がトラウマになっていて、当事者が近くに来ると逃げており、早く中退すれと願っていた。
2年になると本当に中退しており、すごく嬉しい気分で、天敵もいなくなり、初めて野球を頑張る気になれて、毎日18キロ走り、マスコットバットで素振りをひたすら続けていたらある日、他の部員よりパンチ力と体力がつき、そこそこ活躍できるようになって、初めて少し人に見てもらえるようになったと思う。
3年の時には初めて毎日一緒につるむ友達もでき、初めて人生で少し充実というものを感じていたが、所詮親が毒親だったのですぐ充実感はなくなった。
ある日部活の帰り友達と話しながら楽しく帰り、楽しくいろんなところに寄ったので少し遅くなっていたが、18時過ぎにいきなり物凄い勢いで車が来て父親と母親が現れ、友達の前なのに何時だと思ってるんだ、と、怒鳴られ、固まっていると、帰ってこいとだけ言われ、友達には申し訳ないがしらけた感じで別れ、家に帰るまでびびっていた。
今まで母親には嫌味や気分悪くなる事をされていたが、父親にはそんなことは言われた事なかったし、しかも高3が18時くらいで怒鳴られるなんて思ってもみなくて驚いたのと悲しかった事を覚えている。
帰ったらみんなで晩ご飯だろって言われ、当時は携帯とか無かったので連絡してなかったが、こちらの言い分は聞いてもらえずフラストレーションだけが溜まり、親に対して不信感が確実に芽生えた瞬間でもあった。
この事がきっかけで、野球に青春を捧げていたが終わり、進路を決める時、絶対親元を離れてやると心に決めていた。
本当は就職を探していて、それを言ったらお前は消防とか警察とかそういうところを目指せと突然言われ、専門学校行くならいいけど就職はダメだと言われた。
まだまだこの時は流れに逆らえず、言われるまま学校を探したが、唯一良かったのが親元を離れれる事だった。
推薦で入学できることになり家を出るとき、初めて自由を感じたかもしれない。