2020年の闘病記をもとに綴っています
7月に入り、旦那さんの仕事が再開したので
私は兄の職場に同行させてもらうことに。
職場が遠いので片道1時間の道のりを普通に
出勤するために朝6時50分お迎え…
もともと朝はゆっくり寝ていたいタイプで
パート時代も7時過ぎまで寝てた私には
ちょっぴりキツい
(9時出勤だったので
)


兄は大工でも色々とやっているので現場に
行く日もあったり事務仕事の日もあったり
事務所兼自宅でになっているので事務所に
いる時は2階の一角のソファのある部屋で
過ごさせてもらったりと退院直後だった
ので色々と配慮してもらっていた。
本当にありがたい

介助者の体制は平日日中は兄、夜と土日は
旦那さん、時々サポーターとして幼馴染みの
Yちゃんにいてもらう日もある感じ。
その他の義兄や兄の奥さんはどうしても他に
いない時にお願いをする形になっている。
お義母さんは2回の講義を受けてもらった
けど、テストを受けに行く暇もないくらい
介護の仕事が忙しいのでそちらを頑張って
もらってる。
その体制でスタートした7月。
梅雨の蒸し暑い中、そんな生活をしていたら
7月11日(土)の就寝時に突然悪寒が…

疲れもあるだろうし、きっと気のせいだ!
と思い込ませて無理やり寝る・・

でも明け方にものすごい体熱感と腹痛で
覚醒
お腹がごろごろですぐにトイレに

行ったら下痢を通り越して水様のものしか
出ず

体温測定すると…39.5℃



すぐに病院へ連絡をする。
看護師さんが対応してくれてDr.へ確認。
解熱剤を飲んで様子を見て下さいとの事
だったので、言われた通り解熱剤を服用して
布団で休む。
けれど、お腹はピーピー&ゴロゴロなので
トイレとお友達状態

解熱剤が効いて昼には下がったけど、
夕方に再度38.7℃…休んで37.7℃…トイレに
行って…
その日はずっとそんな繰り返しで就寝。
翌朝は平日だったけれど兄に報告していた
ので事務所にはいかずに家で事務仕事をして
くれることに。
〝あ~迷惑かけちゃったな~
〞

と迷惑をかけてしまってる事が悲しい…
その日は熱は下がったものの、お腹の不調は
続いていてまだトイレとお友達だった。
翌日、退院後初のVAD外来日だったので
旦那さんが休みを取って一緒に病院へ。
色々と検査をしたけれど特に大きな問題は
なくてCRPも2点台。心筋炎の兆候もなし。
との事で一安心。この日も発熱はなし。
お腹だけまだ調子が今一つだったので
整腸剤を処方してもらう。
体重も3キロ近く減ってしまった

利尿剤のフロセミドを中止にするとの事。
大阪の病院で中止にしたら体重&浮腫が
増えた事が一瞬頭をよぎったけど、下痢で
脱水になっても困るから何も言わなかった。
この日は外来後に私の職場に行って話をする
予定を入れていた。体調も体調だったけど、
旦那さんの有給がほとんどなく、別日にする
事ができなかったので向かう。
検査が大丈夫だった事を伝え到着。
病院玄関を入ったら事務課長がいて
看護部長の元へ一緒に行く。
看護部長室に入ると、
「みかんさん元気そうで~!でも少し顔色が
悪いか?色々と大変だったけど、こうして
退院して帰ってこれて良かったー!!」と
相変わらずのパワフルさ

とてつもなくパワフルな方で肝っ玉系…

話をしている途中で何人かの先生が看護部長
室の前を通り、看護部長が呼び止めて
「あっ○○せんせーい!ちょっと!
みかんさんが退院してね~!」と…

知ってる先生ばかりだから挨拶をして
現状などを報告させてもらった。
コロナ渦なので病棟に上がって挨拶をする
事は禁止されていた。その代わり役職者を
呼んでくれたので副師長や看護&介護主任が
降りてきてくれた。
「あ~みかんさん~
本当に良かった~」

「元気そうだね~」
なんて言ってもらえて、私も
「色々とご迷惑をおかけしました~!」
と挨拶をして、病棟のみんなからも沢山の
お見舞いをいただいていたのてそのお返しを
みんなに渡してもらうように依頼した。
直接会って渡したかったけど、仕方ない

副師長達としばらく話をして、業務中なので
病棟へ戻っていった。
そしてあらためて看護部長と今後についての
話をさせてもらう。
⇩
『旦那さんが8月から復帰などのサポートを
含め3か月の介護休暇を取る予定』
だという事を伝えた。
夏がやってくる事もあり、退院直後の兄の
同行で負担がかからないように3ヶ月。
その3ヶ月の間に職場でサポーターを引き
受けてくれる人のために車を出すこと、
復帰準備が整ったら短時間・週3日ぐらい
から慣らしながら働き、旦那さんの介護休暇
が終わる11月から本格的に復帰したい
という事も伝えた。
家庭の事情も話して平日の日中、私が職場
で働いている事が1番家族の負担にならない
事も・・

職場にも迷惑をかける事になるけど…
と言ったら、看護部長は
「それは大丈夫!前みたいに仕事ができなく
ても、できる仕事をやってくれればいい!」
と、前向きに考えていてくれていた。
けれど、1番引っ掛かるのは
コロナ渦だという事。
療養型病院なのでお年寄りも多い。
クラスターがでたら…など
病院側もピリピリしていた。
院長とも相談してまた連絡をして
くれる事になった。
その数日後に看護部長から連絡があり、
今は感染者の人数も落ち着いていること、
復帰準備も何とかなりそうだと言ってもらえ
私達が予定していた通りに話を進めていく
ことになった。
ひとまず8月に旦那さんが介護休暇を
取ったらまた話をしましょう!
という事で話はまとまった。
やった



どうにか復帰する事ができるぞ!
あとは自分の体調を整えて、復帰に向けて
体力もつけて色々と準備をしていこう!
と気合いを入れていたこの頃。
でもそんな気持ちとは裏腹にVADでの体調
管理の難しさを痛感させられることに
なるのでした・・