2020年の闘病記をもとに綴っています

退院してから1番始めにした事は
VADバッグの購入。
それともう1つ、、
退院翌日にスマホの機種交換へ行き、
新しいものを手に入れることができた!
私のスマホは入院中ご機嫌ナナメだった

長年使っていたのもあり、突然SNSへの
投稿ができなくなったり、充電コネクタを
差す部分がゆるゆるになって手でおさえない
と充電できなくなったり…変えたくても
入院中だったので変えることもできず

苦肉の策で輪ゴムを充電コネクタに
巻き付けてからスマホに差し、
そのまま輪ゴムを上に伸ばしてスマホ上部に
引っかけると充電する事ができた…

みすぼらしい姿で入院中何回か看護師さん
から突っ込まれたかな…

新しくなってからは投稿もできるようになり
ようやく普通に使える~
と一安心


そして入院中の闘病記にはもう1つ
書いていないことが……
5月の中頃、まだ大阪の病院にいた頃…
旦那さんは交通事故にあっていた

自分の車を運転していた時のこと…
優先道路を法定速度で走っていたら脇道から
一旦停止もしないで突っ込んできた80代の
高齢男性。ブレーキを踏んでも間に合わない
タイミングで飛び出してきた
💨


当然避けきれなくてフロントサイド部分に
突っ込まれてしまった。
その高齢男性は勢いで電柱にぶつかり、
旦那さんはブレーキで止まったけれど
エアバッグが作動して胸部を強打

高齢男性は怪我はなかったらしい

すぐに車から降りて事故対応

高齢男性や警察とやり取りしてレッカー車を
待っている時に私へ怒りMAXで電話を
かけてきた

事故の一報を聞いた私は思わず大きな声で
「はっ

」と言ってしまった




後から看護師さんに何かありました?
って言われてしまった

車はエアバッグが作動する程の衝撃
フロント部分もへこんで曲がってしまい
廃車となってしまった…

新車で購入して3年で…

旦那さんはその後すぐに整形外科へ行き
診察してもらった所、頸部、胸部、両肩、
腰部の捻挫・挫傷という診断を受け会社へ
連絡。
勤務表が出ている5月末までは会社に行き
軽作業に変えてもらい、6月はお休みを
いただいて治療に専念していた

もちろん相手側が100%悪いけど動いている
車同士はそういうわけにもいかない。
交渉の結果、休業補償や慰謝料、廃車と
なった車の補償も相手側の保険でおりること
になったから良かった

ただでさえ私が働いてない上に長期入院で
家計的に大迷惑をかけているのに
そこでさらに事故だなんて・・
そうこれはもう旦那さんの厄年の
呪いしかない・・

前厄本厄後厄はさておき、我が家は
昨年末(2019年)から悪いことづくし…
10月に下の子が足関節を骨折し、
2020年に入ってからすぐに私が入院、
そして今回の事故

(実は兄も旦那さんの数日後に軽い事故を起こしてる…)
悪いことは重なるもんだよね、ホントに

まだ何も起きていない上の子は次は私の番
だとびびってた

そんな状況だったので私の転院日は事故後
約1週間ほどしか経過してなかったので、
頸椎カラーと腰痛ベルトをしながら色々と
頑張ってくれてた旦那さん

でもいいこともある!?我が家の災難、
不幸中の幸いで命までは奪われなかったし
何よりも家族の大切さを改めて感じる事が
できた。
転院後のVADテストや外出・外泊訓練、
退院時のバタバタはちょうど休職中だった
ので日程的にはとても助けられた

旦那さんの車は廃車になってしまったけど
私の車が放置状態だったのでそちらを使い
移動などに困る事はなかった

退院後の1週間も旦那さんがいてくれたから
自宅でゆっくり過ごす事ができた

リハビリのための整形外科受診について
いったり、2人でランチを楽しんだり

プラスに考えることで負の運気に
飲み込まれてしまわないように、
むしろ吹き飛ばしてしまおう!!
と思って過ごしていたこの頃。
7月から旦那さんは仕事に行ってしまう
ことになる。
兄の勤めている建築会社の大将と奥さんの
はからいで、平日の日中は兄に同行させて
もらえる事になっていた

秋には仕事復帰できるように私の中で
色々と予定を組んでいたので、それまでの
繋ぎとして兄にお世話になろう!
と、この時はそう思っていた。
でも・・
なかなか計画通りにはいかない…という事を
思い知らされること事になるんだ…
