術後の3~4日は記憶が曖昧な所があり
自分の書いた闘病記と、旦那さんの記憶と
兄のブログを参照して記録していきます。

2020年の闘病記をもとに綴っていますクローバー
24日(金)※前回からの続きです

24日転院してすぐ全身麻酔による開胸手術
14時頃開始し、終了したのが20時。
約6時間(゚ー゚*)あせる

無事に体外設置型両心補助人工心臓を入れる
手術は成功キラキラ

ICUに戻った時に旦那さんが面会。

挿管して麻酔で眠らされている私。

その時繋がれていたもの↓
・両心補助人工心臓(RVAD・LVAD)
・胸腔からのドレーン3本
・体外ペースメーカー
・モニター・パルスオキシメーター
・挿管チューブ・人工呼吸器
・Aライン
・CVカテーテル+何種類もの輸液ポンプ
・バルンカテーテル
・両下腿にICPポンプ



翌25日(土)
---術後1日目---

まだ人工呼吸器をつけて眠らされている。
午前中は兄がかけつけてくれていた。
面会して仕事があるから…と、とんぼ帰り。

その日の夕方
挿管&人工呼吸器に繋げられた状態で
目覚めさせられて、うっすらとぼんやりな
記憶の中で旦那さんが私の名前を呼んだり、
手術が成功したことを伝えてくれた。

挿管中で話すことができない私は頷いた。
ドクターの声も聞こえたような気がした。
でもまたすぐに眠ってしまい
そこからの記憶がない…………?



26日(日)
---術後2日目---

たぶん朝方だったと思う
徐々に意識が戻ってきて、
挿管チューブを抜く前にドクターが

『今から挿管チューブ抜きますからね!
ちょっと苦しいけどすぐに終わりますから』

と言った直後、口腔と挿管チューブから
吸引され息ができず苦しくて苦しくて…ゲッソリ
ほんの十数秒ぐらいの時間だったと思うけれど、
体感的にはとても長く感じた。

吸引後すぐに抜管され、
その代わりにものすごい流量
(感覚的に。実際は何㍑だったかは??)
の酸素が流される。
(おそらくネーザルハイフロー)

覚醒してから2日間程の記憶が曖昧だった。
現実を認識している時もあるし
夢を見ているような時もあった。

おそらくその狭間で意識が揺れ動いていた
・・・と思われる。





夢と現実の狭間??

・真っ暗な世界の中にいて、色とりどりな
イルミネーション?がゆっくりうごめいて
(ドラゴンのように見えた恐竜くん)
明るいような眩しいような…?

・自分は動く事ができずにその場で何かに
足を捕まれて襲われているような
動かしたくても動かせない重い重い感覚…

・広い洞窟の中にいて
(設定は学校と寮が洞窟内という口笛)
仲間もいて、自分の部屋?を作るために
石を外から運んでこなくてはいけないのに
重くて全然動かなくて辛い。
一生懸命重い石を運ぶのに
思うようにいかず辛い…

記憶として残っているのはこんなところ。



今思えばせん妄だったんじゃないかな…?
術後の苦しく、辛い事が夢のような世界で
イルミネーションでうごめいていたり、
捕まれてる感覚だったり、
上手くいかないことばかりだったり。

不思議な感覚。

あの時はとても苦しく、重ーい感覚だった



合間合間に現実に引き戻されて
覚えていることは⇩

・看護師さんとの会話

・点滴交換や採血をしているのを見ていた

・喉の奥に引っ掛かった痰を
必死に咳をして喀出しようとするけど、
開胸した創部が痛すぎて全然出せなくて
苦しかった記憶

・喉がとにかく乾いて氷水を
30分~1時間おきに頼んでいた

・寝たと思って時計を見ても
5分・10分しか進んでなくて
痛みと苦しさと怠さを感じる時間が
ものすごく長く感じていた

そういうことは、はっきり現実として
記憶に残っている。

実際のところ、足が何かに捕まれている感覚は
術後の血栓予防のためICPポンプ
(間欠的空気圧迫装着でフットポンプとも言う)が
装着されていていたからだと思う。


26日の午前中、旦那さんが面会にきた。
まだぼんやりとした感覚だった。

旦那さんが言ってたこと⇩
この3日間病院近くのホテルに泊まり、
1日2回・30分しかないICUの面会に来て
それ以外はホテルでずっと病気や
補助人工心臓のことを調べてた。

宿泊費が高かったけど、温泉があったよ!
病院の周りにどんな施設があるのか
散策した時に迷子になって…
2時間ちょっと歩いた

とか…。

(旦那さんはかなりの方向音痴なのです笑い泣き)

そんな他愛もない話をしたのは覚えてる。



私の状態も悪いながらも落ち着いていたため、
(まだ自発的に心臓は動いていなかった)
旦那さんは次の日から仕事に行くため
地元へ帰っていった。



27日(月)
---術後3日目---

午後から兄が大阪に来てくれた。
夕方の面会で私は
〝1日中ずっと身体が怠い〞
と言っていたらしい

呼吸も荒く疲れた様子だったけれど、
声を聞けてホッとしたとおねがい

私はこの時、
兄と話をした記憶が残っていなかった
現実と夢の狭間状態はこの日も続いていた…