2020年の闘病記をもとに綴っています


劇症型心筋炎に移行した私は、
大阪の病院へ搬送されることとなった。
入院していた時の書類を整理していたら、
ECMO挿入前にインペラ(ImpellaCP)
を留置していたことが分かった。
インペラとは
経皮的・経血管的に大動脈内カテーテルを
左心室まで挿入して循環補助を行う
補助人工心臓の一種
ECMOとインペラを入れた状態で
病院からヘリポートまで救急車で移動した。
途中、機械が揺れたり跳ねたりしてた…
コワッ

5分程でヘリポートに到着した。
待機していたのは防災ヘリ?
オレンジ色の服を着た隊員が
ヘリ内まで運んでくれた…けれど、
1月の凍えるような強風の中、
私に掛けられているのはタオルケットの
ような薄い掛けもの1枚だけ。
震えながら移動し、
中に入った後も寒くて寒くて

その時、隊員の1人が
『ヘリが飛び立てば空調が効いて暖かく
なるからもう少し我慢して下さいね』
と

仕方なく震えながら、ヘリが飛び立つのを
じっと待つ・・
ドクターは機械類をセットし、乗り込んだ。
しばらくしてようやく離陸

↑これは私が搬送された時のリアル写真

ヘリポートまで見送りに来てくれた兄が
激写したのでした

旦那さんはヘリの出発が遅れたため
この時すでに転院先の病院で待ちぼうけ笑
この先も兄による❪パパラッチ❫
と名づけられた写真が何枚か登場します。
今となっては記録に残してくれて
ありがたや



離陸してからも見える景色は空と雲だけ…
プロペラの轟音と機体の揺れが
頭にダイレクトに響く・・・
⦅早く着いて~~~~~⦆
と、心の中で何度も願ってた。
約1時間程で到着した病院は
大阪にある循環器疾患に特化した専門病院。
心臓移植や補助人工心臓などの
症例数や技術は全国でもトップクラスで、
研究所では体外式補助人工心臓の開発
なども行われている。
屋上のヘリポートに到着して
すぐに全身のCT検査→ICUに運ばれた。
広めの個室になっている室内には5~6人の
心臓外科医や循環器内科医、
そして数名の看護師。
旦那さんも側に来てこれからの話になった。
心臓外科部長からの説明&治療方針
⇩
・劇症型心筋炎で厳しい状態は続いている。
前の病院で入れたECMO&インペラで
なんとか血液循環を保っている状態
・このまま心機能が回復するか様子を見て、
回復すればECMO&インペラを離脱できる
かもしれない。
・回復を待つ間、 突然の心停止などが起こる
可能性がある。
その時は処置をして、すぐに体外式
補助人工心臓へと繋ぐ事になる
・回復しなかった場合、ECMO&インペラを
長期間装着することができないため、
1週間以内に体外式補助人工心臓を装着する
ことになる
・体外式補助人工心臓手術をする場合、
開胸して入れるため身体への侵襲が大きく、
胸にも大きな傷が残る事と
改善したら抜去する手術が必要になる
・今できる選択肢は2つに1つ、
①このまま様子をみるか
②体外式補助人工心臓を装着するか
旦那さんは私の手を握り、
少し涙ぐみながら聞いていた。
私はしっかりと先生の目を見て、
言われたことを受け止め、即答した。
『様子みて入れないといけない状況になる
ぐらいなら、今すぐ補助人工心臓を
入れてください!』と。
もしかしたら回復するのかもしれないが、
私が起こしたのは急性心筋炎再発からの
劇症型心筋炎。
2年前(の急性心筋炎)でも、ある程度ダメージを
受けた心臓がすぐ良くなるとは思わなかったし、
様子を見ている間に循環不全からくる
腎不全や肝不全などの多臓器不全になってしまう
危険性もあると思った。
手遅れになるのが嫌だったから、
身体への侵襲が大きかろうと
とにかく生きるため!!
元気になって帰ると約束した
子供達のため、
迷うことなく決断した





決断後、すぐに手術室へ運ばれた。
旦那さんは不安げに涙を浮かべていたので、
『あんたがしっかりしんといかんよ!!
私は頑張って乗り越えて、元気になるから。
それまで子ども達の事お願いね!』
と伝え、手術室へ向かった。
もしかしたら
このまま目覚めないかもしれない…
一瞬、そう頭によぎったけれど
覚悟を決めて闘うしかない!!
強い気持ちでとにかく前に進む!!!
そんな思いで手術に臨んだんだ・・