アメリカ駐在LIFE*

アメリカ駐在LIFE*

アメリカ赴任中です。家族とともに、2015年より、アメリカ生活を送ることに。
娘と息子がおりますが、息子は発達障害(自閉症とADHA)アメリカでの生活、育児、アメリカ駐在中から本帰国後に向けての新築計画についても記録していきたいです。

アメリカ駐在5年目。
来年には本帰国が決まり、帰国後の新築住宅を建てるまでの記録をアメリカ生活とともに残していきたいです。
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こんにちは、pikaです。

このところバタバタとしていて、すっかり時間がたってしまいました。

もうすぐ本帰国ということもあって、いらない家具を後任の方に中古価格で購入してもらえないかのリストを作っていたり、そのための写真を撮るため、棚などの整理をしつつ、いらないものを処分したりと、結構面倒な作業をしていました。

でもここで頑張って少しでも売って帰らないと、新築資金がっ!!!ゲッソリ

 

で、その中古販売リストをまとめ、やっとこさ主人に投げたところで、少しだけ休憩ー。なわけです。

 

これから先は、もっとこまごまとした片付け、引っ越し準備になります。

 

アメリカの家って広いんでね。いっぱい物を貯めこんじゃうんです。

広いといえど、うちはコンドミニアム(長屋みたいなもの?)なので、一戸建てのお宅に比べたらかなり狭い方なんですけどね。

それでもリビングだけで20畳ありますけど。

LDKだと35畳以上は確実にあるなぁ。

三輪車を乗り回せるほど広い地下もありますよーー。

今の家、延床45‐48坪あたりで計画していますけど、このアメリカの家に比べたらかなり狭いです。笑い泣き<だって、風呂は2つ、トイレは3つもあるのよーこの家ー!そんなに掃除したくなーい!えーん

帰国後は、この広さを可及的速やかに忘れ去らねばなりません。

 

朝焼けの中の我がアメリカの家。おすましペガサス

 

 

アメリカ アメリカ アメリカ アメリカ アメリカ アメリカ アメリカ アメリカ アメリカ アメリカ

 

 

というわけで前置きが長くなりましたが、前記事では、決まっていたはずのHM、M印の家と契約解除に至った件をお話ししました。

ここから新たなHM探しの日々が始まりました。

 

契約解除により、一度まっさらな気持ちになったせいでしょうか?

新たな視点で自分の希望や考え、家族の希望や考えを見つめなおす機会となりました。

 

考えてみると、M印さんと契約した当時2012‐2013年辺り?と、契約解除時2019年の現状はあまりに違っていました。

そりゃ5年以上も経っていれば、考えも状況も大なり小なり変わってくるものです。


まず、子供の現状から想像する未来が、当初と大きく異なっていることです。

M印さんとの契約時、下の子がまさか発達障害とは想像もしておらず、子供なんて将来巣立っていくわねーなんて、のんきに考えていました。

今はとても巣立ってくれるとは考えていません。

それどころか、自分たちが死んでしまった後、この子をだれが支えてくれるのか?行政の支援があるのか?どれだけの物をどうこの子に残せばこの子は生きていけるだろうか?とか、そんなことばかり考えています。

新築も、この息子の特性を考えた上で、家族みんなができるだけストレスの少ない快適な生活を送れるか?という視点も入ってきています。

 

発達障害を持つ子供のことを考えた家づくり、今のところどんなプランを考えているかなどは、また今後別記事にしますね。

 

また、これ以外にもM印さんとの契約時と大きく異なっていることが、両親の部屋についてです。

この頃は両親との同居など少しも考えていませんでした。

近居は考えていたので、両親が隣の市の駅前のマンションに住み替えをした時は、私たちも建築地を再検討することにし、同じ市内に、車で5分程度場所で良い土地を見つけて購入しました。

 

ですが、やはり契約時と違ったのは、子供にいつまでも手がかかる大変さでした。

アメリカでも半分ノイローゼ状態に近くなり(アメリカでワンオペですからね、なかなかきついです)ADHDの子供に、多動を抑える薬を、、、!と医者にお願いしに行った時には、奥さんの方にもお薬が必要かもしれません。相当追いつめられていると思います、精神的に。と、医者から言われてしまったほどでした。

 

ですので、年1回ほどのペースで、私の母が85日ほど渡米してくれ、手伝ってくれたりしていました。

私も原因不明の微熱とだるさがここ何年も続いていたりだったので、本当に助かりました。

 

きっと日本に帰ってからも大変だろうな、、、。チーン

 

と思っていたのですが、母は日本に帰ってきたら、近くに住んでるんだから、体力が続くうちは一緒に頑張れるし、子供も年齢とともに多動は少しは落ち着くっていうし、、、と励ましてくれました。(ほんと、母はすごい人です。尊敬してます。)

 

主人は、家にいるときは多少手伝ってくれますが、基本的に日本でもブラックな働き方をしているため、ワンオペは継続することが分かっています。今回も主人はまだ日本に本帰国できないので、4か月は単身赴任状態ですしね。

 

そこでふと思ったんです。

母か父がどちらか一人になって、介護が必要になったら、、、

 

手のかかる子供が、大人に近づくにつれて手がかからなくなればいいですが、今の息子を見ているとそんな楽観視はとてもできません。

あまりにも大変な介護をせざるを得なくなったら、施設に入ってもらうしかないかもしれないけど、例えばどちらかが一人になってしまった時、一緒の家で生活したほうが、私が楽じゃない?

いちいち行き来するのはむしろ大変では?と考えたわけです。

 

そんな考えから、親がどちらか一人になったら入ってもらう部屋も作ることになりました。ウインク

 

主人も理解してくれています。

主人の両親は車で2時間半以上かかる県外に住んでいるため、同居などは難しく、両親の家の近隣の市に、義姉が二人住んでいるので、お姉さんたちにお任せした方が良いと考えています。(施設に入る場合など、お金の負担が出ればそれはしないといけないと思いますが滝汗

 

そんなわけで、我が新築は、どんどん面積を増していきました。

最初は40坪とか42坪とかで考えていたんですけどね。

親の部屋ー、出て行かない子供の部屋ーとか考えたら、、、ねぇ。真顔

 

んで、やばーい見積もりに仕上がるわけですよ。ゲロー

 

土地建物を含んでの私たちのM印契約時の金額から、土地もグレードアップ、家の大きさやスペックもグレードアップ、そしたらそうなりますよね。

 

2000万アップ!!!アップポーン

 

300万上がったとか、500万上がったとかは聞いたことありますが、2000万アップって。

もう一軒建て売りでも買ったの?っていう上がり方に近い気がします。

 

あーーーもう!どうすんのーーーー!

 

てなわけで、少しでも減らしたいんです。

面積減らせばいいし、スペック落とせばいいんです。

高気密高断熱?馬鹿言ってんじゃないよ!減額しろよ!!ってね。でも全部は譲れないーーえーん

 

主人は呆れてますよ。

彼は全く家に興味がないので、究極金ないならプレハブに机はミカン箱でいい。という人です。

ですが、私はまだ10代の頃から建築やインテリアに興味があって、色んな妄想をしていたので、ある程度希望を叶える形じゃなければ最初から建てなくていい!と思ってしまうほど思い入れがあります。

 

昔から、化粧も服も靴もカバンも宝飾品も、拘らないしお金もかけないできました。

散財はどちらかというと主に食の方。(量より質キラキラ美味しいもの)

 

これからも食以外にはお金をかけずに行くので、家だけは、、、!どうか、、、!笑い泣き

色もちょっと慎みます!節約しますーーー!えーん

 

てなわけで、FPさんとかに診断して頂きました。

そしたら、全然これくらいは借りられるよーーー!とのこと。ウインク

 

そうなの?そうなの?

 

でもねぇ。

 

借りられるのと、返せるのは、、、同義語じゃないわよ?全然。

 

だって、私たちは実は結構年齢行ってます。

20代30代に比べたら、先が短いんです。

 

それでも返せます???真顔

 

一応、頑張って新築のためにお金は貯めてきました。

土地購入後すっからかんに近くなりましたが、2年間ボーナスには手を付けなかったし、日本の毎月少しだけ入る給料にも手を付けず、アメリカの収入だけでなんとかやりくりしてきました。(カッツカツでカードの引き落としギリギリ金額だったこともありましたけどね。チーンやめてー!クレジットスコア下がっちゃうわー

 

なんとか少しでも頭金を貯めて、、、あとは、少しでも減額して、理想のお家に近づけられたらいいなぁ。

 

今そんな感じで間取りをHMと模索中です。

 

というわけで、次回はどうやって今のHMに行きついたのかについて、書こうかなと思います。

また長くなりそう、、、。チーン