「へ~、アイツ巧いじゃん」
新九朗は、あかねを見るわけでもなく、あかねの視線に答えるように呟いた。
「……きちんと作られた曲じゃないみたいだよ」
「えっ?」
「曲が同じだけ…そこに即興で詩を乗せていっている、だけらしいよ」
「そうなんだ」
新九朗は、少し寂しげに笑いをこぼしながらつぶやいた。
この詩が、即興のものなら、この頃の方が一真には才能があるように感じる。少なくとも唱を歌う事に関しては、いまほどに残念な才能ではない。それに、この頃の方が楽しそうだ。何処かゆとりがあるけれど、それでも、口元が必死さを見せている。
「うん、でも、見せたいのは、聞かせたいのは、このあと」
あかねは、新九朗から視線をはずし、静かに、ポツリと呟くように言った。
「いまのもいい感じだったけど、約束」
「そうね…嫌いじゃないわ…これも、でも」
「???」
「このあとの曲は嫌いかも」
あかねが呟くと、画面では、一真に女性が駆け寄り何か言葉を交わした。
何を言っているのかは判らないが、一真も青年も表情を一変させた。それも本の一瞬だった。すぐに何事も無かったように微笑みながら頷いている。ただ、一真の顔からは、ゆとりは消えていたが。
「風餓」
「えっ?」
「風餓っていうチームだったそうだよ」
「ん?」
「違うわね、誰かがそう言い出しただけ、一真たちはただ、バイクを走らせていただけらしいけど…走るための暴力、ううん、走っている事が暴力だよね」
「暴走族?」
「ちょっと違うみたいだけどね…就職して、少し聞けば簡単にわかったんだけど」
あかねは、ふーっと溜息を漏らしながら、チラッとバスルームの方へと視線を向けた。
「一真は、その方面では有名人だったかもね」
「そうなんだ」
「うん、あたしは一真の表面だけを見ていた、後輩の表面だけ、人懐こく、面倒見のよい後輩」
「陰の部分は、誰よりも深い?」
「ん、きっとね、影を作る事で、自分の陰を見せないようにしていたのかもね」
「?」
「風餓…その影は、陰に隠していたのかな」
「???」
新九朗は、あかねが何を言いたいのか判らなくて、あかねの顔を覗き込むようにして次の言葉を待った。
ふ~。と、あかねは新九朗をチラッと見ながら溜息をつき、少し間を空けてから、「私ね、一真にもう少し新九朗と音楽を追いかけて欲しくて…」とポツリポツリと話し始めた。
確かに一真は、一歩引いたような感じで音楽に取り組んでいた。それは、新九朗からしても何処か不満を感じている部分ではあった。でも、それには何らかの訳がある、と思っていたからこそ何も言わなかった。一真が、自分から一歩踏み込んできてくれるようにと引っ張り続けた。
それでも、それほど変わらない一真に、そこに向かう意志はないのだろう、と勝手に感じていた。
一真がそれ以上に身を引くことも無ければ、応援もサポートも必死にしてくれている。それだけで充分だった。画面の中のようなゆとりは見せてくれた事は無いが…。
あかねは、涙をこぼしながら、まっすぐに新九朗に向き合い言葉を繋いでいく。
何故、一真にそう言ったのか。そして、そこにあった自分の思いを。
男と女。感が方感じ方は違うものだ。
ただ、女ほど男は、ひとつの事だけを見つめて行動はしない。自分に向けられる思いは、時として暴走し、手がつけられない事もある。きっと、その先にあるのが犯罪なのかもしれない、と新九朗は苦笑を漏らした。
まっすぐに向けられている思い。それがありがたい。
でも、湧き上がるモヤモヤとした苛立ちが生まれたのもまた事実だった。
「そんな話しをしたんだ」と、あかねは、口を摘むんだ。
「…それでか」
新九朗は、カッとなった感情を押さえつけるように、声を押し殺す様に呟いた。
一真は、少し距離を置くようになった時がある。まだ、あかねが在学していた頃だ。その時は、興味がそれたのかな?程度に捉えていた。それでも、一真は、ずっと応援を続けてくれる。声をかければ、それなりに音を奏でてくれるようにもなった。だから、あまり気には留めていなかった。でも、思い返せば判る。あの頃から、一真のギターに惹かれなくなっていた。それを得てしてできるのかどうかはわからないが、不意に一真の中から音が消えたような気がした。
「ごめんね」
「いや、あかねが謝ることじゃないさ」
新九朗は、焦点の合わない感じで画面を眺めながら言った。正直なところ、戸惑っている。
記憶の中の一真の姿は意外と曖昧だった。あの頃、どう感じていたのかなど判らない。だからこそ、今の戸惑いがあった。
「でも、何故いまなんだ?」
「この後、唱を歌った後だけど、一つの事件が起きるの」
「?」
「それから、一真は、誰かを牽引する事も、先頭に立つ事も少なくなったわ」