新生活が始まって、半年が過ぎました。


相変わらず、毎日慌ただしくやっておりまして・・・ブログを立ち上げながらも、そのまま、そのまま。


少しだけ、今感じていること、書きますね。



新生活・・・想像はしてたけれど、やはり大変です。


環境ががらっと変わり、見慣れた風景はなく、気心知れる友達もいない。


当たり前ですが、そんなスタートです。 


住民票移したり、口座開いたり・・・バタバタバタ。



そして、自分の歩く道に慣れなきゃいけない。


どこに階段があって、どこに手すりがあって、どこにエレベーターがあって。

 

どのコースが自分に合っているのか考える。 今はようやく慣れてきました~



そして、友達をつくる。


これは、まさかまさかの苦戦中です。


今まで対人関係には自信があったのですが・・・今回は、何故か空回りの連続。


みんなフレッシュすぎてついていけません。


もうちょっと、フレッシュでいたかった!と後悔することも多々ですが、


これが私。


今の私を好きでいてくれる人も多いし、


私のいいところでもあると信じて、私なりにやっていきます。




そして、院生活。


うん、大変。


分かっていたことだけど。


勉強だけでよかった高校、大学とは違うね。


身体を動かすことも多く・・・ということはちょっとうまくいかないことも多く。


またまた、いろんな人にお世話になりながらなんとかやっております。


もう大丈夫だろうと思っていたけれど、やっばり、同期との違いが見えたときはちょっと辛いね。


夢にかけてきたからこそ、臨床に関することでできないことがあると、やっぱり少し悔しい。


頭では十分分かっているんだけどね。 


何事もほどほどに。自分のペースで。



夢にかけてきたけれど、夢にかけすぎるのはよくないね。


いい感じで分散させていかなきゃ。


そこがうまくいかないと、しんどいし。


大学以外で何か充実させなければ(笑)



身体も相変わらず、辛いときもあるけれど・・・


なんとか病院とマッサージでカバーしています。


無理は禁物。

休めるときは休みましょう。


ということで、家にいれるときは家にいるようにしています。

大学院が居心地があまりよろしくないというのもあるけど(笑)


ではでは、また気が向いたら書きます。


12月25日、身体障害者手帳を取得しました。


なんで今更!?これは後から書きますね。



生まれて間もない頃、

当然母は申請するか否か問われたそうです。


そこでの答えは、NO。


障害者として、人さまの税金を使って生活したくない。

祖父からの猛反対。

大きくなってから、私自身が決めればいい。

などなど。



そのまま21年間きました。


脳性まひというと重度のイメージが強いですが、

私は本当に軽度。


学校も基本的に通常学校を卒業し、普通に生活してきました。


たぶん、中学生くらいまでは、

「あなたは障害者ですか?」

と聞かれてたら、

「NO!」

と即答していたと思います。


それくらい意識していませんでした。


でも、

「あなたは健常者ですか?」

と聞かれても、

はっきり

「YES!」

とは答えられていなかったと思います。


つまり、どっちつかずで。

心理学的にいうと、アイデンティティ形成時期の中学生のときは、どっちなんだろう・・???

そんな感じだったと思います。

健常者だと言いたいけれど、実際に人と違うところもある、出来ないこともある。

そんな思いを持っていたことを思い出します。



高校のときには、その間に立つ人間でいいや!と半ば投げやりで思って、

T大学の面接の時に、

「障害者と健常者のかけ橋になれる存在になりたいです」

なんて、ベタなことを言ってみました(笑)


案の定、落ちました(笑)


大学生になって、一人暮らしをして、脳性まひだと知って、

できないこと、苦手なことは100%努力不足じゃないんだと思った時。


助けを求めて良いんだと思った時。


誰しも、人は一人じゃ生きていけないと思った時。


いつまでも、母親を頼っていてはいけないと思った時。


ちゃんと助けてほしいなら、手帳は必要だという決断に至りました。


こういう人もいるんだよって理解してもらうためにも必要だと思いました。


健常者で生きていくって本当に大変だよね。

何もかもが出来て当たり前の世界で。

みんなに近づきたくて、1つ1つを必死にやってきたけれど、近づけてもそれでって感じだし(笑)


障害あるなしに関係なく、生き残るのって大変ですよね、このご時世。

みんな必死にもがいています。




この決断に至った過程として、周りの環境の影響も大きかったと思います。


発達障害を勉強する中で、

手帳がほしくても貰えない子たちが多く、

行政的な支援を受けられないことを歯がゆく思っているお母様たちとの交流。


手話を勉強する中で、聴覚障害者との交流。


「手帳もってないんです」

と伝えると、


多くの人に驚かれ、


「何故、手帳を貰わないの?」

と言われました。


貰わないのが偉い

そんな固定観念が勝手に根付いていたけれど、


この言葉を聞くたびに、取得という選択肢が大きくなっていました。


これって

「特別なこと(特別扱い)」じゃなくて、「必要なこと」なんだ。


そう思ったら、全然抵抗がなくなりました。


あ、嘘。

まだ少し違和感はあります(笑)



貰ってからいろいろ、特に金銭面では補助があって助かっています。

一番使わなきゃいけない時期、発達期にこの手帳がなかったと思うと、

本当に両親には頭が下がります。


装具代だけでいくらだぁ??少しは返ってくるといえども・・・。

滋賀県まで通っていたお金も・・・。


これからは大切に使わせて頂きます。



まだまだ障害など

いわゆる普通のレールに乗れない人に対する偏見が多い中で、

母から、いろんな人がいるんだから

手帳の話をするなら人を選んでしなさいと言われました。


確かに「障害者です」なんてというと、

税金泥棒とか思う人もいます。


ましてや、こんな軽度、余計思われちゃいます。

ちなみにもうすでにそれっぽいこと言われました(笑)


でも、本当に「必要なこと」なんです。

もちろん、金銭面だけではないですよ。


知ってほしいことは、伝えなきゃ。

理解してもらえない人もいるかもしれないけれど、

分かるなんて簡単に言ってほしくないっていう当事者も多いと思うけれど、

まずは知ってもらわなきゃ何も始まらない。


だから、

積極的に伝えていきたいと思うんです。


まぁ、その前にちゃんと、わたしの障害について伝えなきゃいけないですね。

最後に、

行政上は「障害者」ですが、それだけです。

わたしはわたし。

障害者とか健常者とかそんなんどうだっていいんです。

境目なんて必要ないんです。

そんな社会になったらいいですね。



先日、卒論発表会がありました。

ゆるーい発表会が終わった後、飲み会がありました。
退職される教授のありがとう会とゼミのお疲れさま会を兼ねての飲み会でした。

珍しく、色紙や花束を先頭きって用意しました笑
ぐたぐだだったけど、なんやかんや楽しい会になって良かった!

その会の最後、
先生がみんなに向けて送った言葉があります。

挫折という言葉はないと思うの。
新しい道が開けると思いなさい。

この言葉がすごく胸に刺さりました。

人はみんな成功ばかりの人生ではないです。失敗の連続ってこともたくさんあります。
わたしはどちらかというと、失敗、挫折、妥協の多かった人生だったかなぁ??

でも、それは、失敗でも、挫折でも、妥協でもなく、新しい道が開けるということだったのかもしれない。

先生の話を聞いて、そう思いました。

東京に来たのも、大学受験失敗の結果訪れたもの。間違いなく、新しい道が開けました。

人生いちどきり。
どうせ歩むなら、明るい未来だと思って進みたい!

人は毎日のように選択をします。時に、その選択が合ってるのか間違っているのか悩むこともありますが、
どちらにせよ、それは新しい道が開けるということに繋がるんです。選んだ道を信じて、自信をもって歩んでいくことが大切なんだと、感じました。

これからは、どんな新しい世界が待ってるのか楽しみすぎて眠れません笑



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