最近、普段使いのパソコンの調子が悪い。
6年目になるのだけど、ハードディスクから変な音。
そこで、これまで作った詞や曲、小説なんかのデータをUSBに移しておくことに。
大量のデータを移動させていると、何だか妙な気分になってくる。
まるで、まだ見ぬ次のパソコンへ向けて、遺言を語りかけているような。
そういえば、遺言って英語では「WILL」だったなあ、なんて思い出す。
「~するだろう」とか、「意思」なんて前向きで未来を意味する言葉。
そんな言葉が持つ、もうひとつの意味。
「遺言」
人生最後の言葉。
でも、それってやっぱり未来のことなんだよな。
その瞬間を迎えるとき、ぼくはどんな「WILL」を語るんだろう。
その瞬間を迎えるとき、ぼくの「WILL」は誰に届くんだろう。
ほんの少しでも、誰かの「未来」を導ければいいのにな。
USBに詰まったたくさんの「遺言」を見つめながら思う。
次の休みにでも、電気屋へ行こう。
