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自分の人生が、まさかこんな道に進むとは思いもよらなかった。


勉強が好きではない私が、自分から勉強したいと思う日が来るなんて、全然想像していなかった。



勉強がしたい。


でも、迷う。


当たり前のこと。


だって私は、学費がバカみたいに高い私立の4大に通わせてもらったのに、また学校に行きたいなんて、両親になんて言えばいいか分からなかった。


申し訳ない。


両親が働いて稼いだお金を、私はどれだけ使えば気が済むんだろう。


学校に通うとなると、あと3年も高い学費を払わなければならなくなる。


申し訳ないよ。


それに、信じてもらえないような気がする。


だって、今まで極力勉強から逃げてきた私だよ。


それを一番知っているのは両親。


今更「勉強がしたい」なんて言っても信じてもらえない気がした。


でも、勉強がしたい。


散々逃げて、決意して、決意したことをやめて、これだって思って、それは違うと諦め、後悔すら感じなかった私だけど、勉強がしたい。


これが最後。


最後のわがまま。


頑張るから。


死ぬ気になって頑張るから。


今まで頑張らなかった分、3年間勉強だけを頑張るから。


学校に行きたい。


そう親に告げた。



両親からの答えは「OK」


「いいよ。行きなさい。頑張るんだよ。」


なんの迷いもなく、戸惑いもなく、すぐにいいよと言ってくれた。


学費の話や、3年通うこと、高校のように朝から夕方まで勉強があるからバイトがあまり出来ないこと、何を話しても「いいよ」と言ってくれた。



私は自分の部屋に戻って泣いた。


私はなんて親不孝なんだ。


どれだけ迷惑をかければ気が済むんだ。


分かっていても、頼りたい。


頼りたくないと思っても、頼ってしまう。


それを、文句の一つも言わずに私を見守ってくれる両親。


申し訳なくてしょうがない。


ごめんなさいと、何度も何度もつぶやいた。


1階のリビングにいる両親に泣いていることがばれないように、声を殺して泣いた。


バカみたいに泣いた。


感動する映画を見た時よりも、祖父が亡くなった時よりも、就活で辛かった時よりも、バカみたいに泣いた。


どんな時も見守ってくれて、いつも心配してくれて、背中を押してくれる両親に、謝罪と感謝をした。


だから、私の決意は、より固いものになった。


否定されても、蔑まれても、私は行く。


私は学校へ行く。



12月中旬、学校の試験を受けた。


合格した。


合格通知と一緒に、書類が入っていた。


入学までのガイダンス等の説明と、学費の説明が書かれた紙。


書かれてある学費、これだけあれば、人は何か月生活できるだろう。


もしかしたら1年くらいできるかも。


遊びに行くにも、旅行に行くにも十分な費用。



お父さん、お母さん、ごめんなさい。


あと3年、お金を使わせてください。



私は学校に行く。


親に迷惑をかけながら学校へ行く。


もう「決意」した。


ごめんなさい、許して。


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どうすればいいか分からない。

アルバイトをしている今の会社に就職するか、もう一度就職活動をする。


どうすればいいかもわからない。


とりあえず大学の進路相談員に相談した。


でも、特に何の解決にもならなかった。


だからこそ、しばらく自分で考えてみた。


一から考えてみた。


自分のことや、自分の考え、やりたいことや、やってみたいこと、興味のあること、好きなこと、嫌いなこと、とにかく色々考えた。


よくわかんないことまで考えすぎて、訳わかんなくもなった。



そんな時ゼミの担当教授に、今までのいきさつを話して、相談に乗ってもらった。


教授には4年間お世話になり、なかなか進まない卒論も、ちゃんと相談に乗ってどこまでも話を聞いてくれて、一緒に悩み答えまで導いてくれた。


そんな教授に言われた「君は卒論でなぜこのテーマを選んだ?」と。


なぜ選んだ?


やっぱり、4年間学んだ中で一番興味のあるテーマだったから。


4年間いろんなことを学んだけれど、そもそも勉強することがあまり好きではない私だから、卒論のテーマを決めたとき「興味を持てるテーマが見つかったことは奇跡だ」と、一人で喜んでいた。


興味のあるテーマだったからこそ、頑張れた。


頑張ることが苦じゃなかった。


「なら、この分野を極める道に進めばいい。」


そう教授に言われて、もう一つの道が見えた気がした。


夢というには現実味がないし、目標という言葉では軽い気がするけど、この分野に興味があるかと言われれば


YES


やりたいかと聞かれれば


YES


この道に進みたいかと聞かれれば


・・・迷う。


だってこの道に進むには、就職はできない。


就職するためには学校で勉強をしなければならない。



「人生を焦ることはない。やりたいことをやってこそ人生だ。頑張って生きるんじゃなくて、楽しんで生きることが人生を充実させられる。僕はそう思うよ。」



そんな生き方、できるのだろうか?


ただ好きなことだけをやって生きている人なんて、ほんとうにいるのだろうか?



「楽しむ中にも苦しみはある、嫌なこともある。けれど楽しんで生きることができれば、その苦しみにも耐えられる。だからこそ人生が充実する。僕はそう思うよ。」



そして「そう生きたから、僕は教授になれたんだよ」と、教授は笑いながら言った。



教授の「言葉」は重かった。



私は、この分野を「やりたい」


この分野を学びたい。


勉強がしたい。


そう思った。


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内定が決まって嬉しかった。


頑張ろうって思った。



内定を貰って1週間後から、研修という名のアルバイトが始まった。


就職活動中はアルバイトはしていなかったから、正直、内定を貰った上にアルバイトまで出来るなんて一石二鳥だった。



アルバイトを初めてすぐに思った。


甘くないって。


仕事だもん。


お金を頂くわけだもん。


甘いわけない。


分かっていたことだけれど、目の当たりにして初めて実感できた。



見るもの聞くもの触れるもの、すべてが初めてで、すべてが新しくて、不安ばかりの毎日。


私に対して優しく接してくれる先輩、厳しい先輩、無関心な先輩。


周りの人に迷惑をかけながら、私は必死になって仕事を覚えた。


アルバイトを初めて1か月後、私の異動が決まった。


会社のこと、ここには深く書けないけれど、私が研修させていただいていた所は、いわゆる会社の本店のような所。


異動先は、私の家のすぐ近くの支店だった。


家から近くなるのは嬉しかったけれど、やっと会社の雰囲気にも慣れてきたところだったのに異動するのは、ちょっと悲しかった。


でも、異動は決定。


私は支店でアルバイトをすることになった。



新しいアルバイト先は、本当に良いところだった。


優しい先輩たちに囲まれて、分からないことは一から教えてくれて、アルバイトへ行くことが楽しかった。


もちろん楽しいことだけじゃなくて、辛いことも苦しいこともあったけれど、なんとかやっていけそうだった。



でも、そんな楽しい生活も長くは続かなかった。



11月に入ったころ、ちょうど店長を二人きりになったとき、店長に言われた。


「君は本当にこの会社に就職するの?」


その時私は、はっきりとは覚えていないが、


「そのつもりですよ。だから今からアルバイトして仕事覚えてるんじゃないですか。」というようなことを言い返した。


それを聞いて、店長が私にこう言った。


「やめておきな。君は必ず後悔する。」


正直、ビックリした。


店長は私に対して一番熱心に指導してくれて、一番やさしく一番厳しくしてくれていた。


それは、私が正社員となる前提のアルバイトだから、早く即戦力になって働いてほしいから、そう思って指導してくれているのだとばっかり思っていた。


でも違った。


店長はそんなこと思ってなかった。


「就職口がない時代だけど、どこでもいいからなんて考えるな。」


確かにどこでもいいから就職しなきゃ、とは思っていた。


だって就職口がないんだもん。


選り好みしていたら、どこもなくなっちゃう。


「君が知らないだけで、この会社は相当なブラックな会社だよ。」


どういうこと?


「いろいろ教えてあげるから、もう少し自分の将来のこと考えてみな。」


そして店長から会社のことを聞いた。


業務終了後にわざわざ残って教えてくれた。


話を聞いて、私は愕然とした。


信じられなかった。


聞かせれていた入社の説明はほんの表面だけで、大事なことはすべて隠されていた。


こんなのは不当だと泣きたくなる前に、自分が情けなかった。


私は私が思っている以上に、先輩たちの負担になっていたことを。


だから店長に聞いた。


「店長はどうしてここで働いているんですか?」と。


そしたら、店長は笑って言った。


「俺今月で辞めるんだ」


そっか。


だから色々教えてくれたんだ。


ちなみにまだ内緒だけどアイツも辞める、と一人の先輩が辞めることを教えてくれた。


そして来月には違う先輩も辞めるということも教えてくれた。



家に帰って考えた。


店長の言葉を一つ一つ思い出しながら考えた。


私はアルバイト。


だから3か月近くも続けられたんだ。


店長と先輩たちが守ってくれていたんだ。


そんなこと全然気づかなかった。



そして何も見えなくなった。


光なんてなかった。


将来のこと、自分のこと、どうしたいのか、どうすればいいのか。


何も分からなくなった。


でも、店長から知らされた「真実は、もう一つの道を告げた。」


私に、道は一つじゃないと教えてくれた。


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大学の勉強は、分からないことも多かったけれど、大学へ行くこと自体が楽しかったので、そんなに大変ではなかった。


友達も、私にはもったいないくらいの良い子ばっかりだった。


私にとって大学生活は自由そのものだった。


サークルに入って朝まで遊んで、バイトをしてお金を貯めて遊んだり、いろんなところへ旅行に行ったり、とにかく楽しいことしかしなかった。


すごく楽しくて充実していた。


楽しすぎて、前も後ろも右も左も何も見ていなかった。


ただただ今だけを見て、少しでもやりたくないことからは全力で逃げていた。


そんな4年間。



なんの頑張りもしていなくて、どう頑張ればいいのかわからなと、4年生になって思い知った。


就職活動は、上手くいかなかった。


自分をどうピーアールすればいいのか分からないし、私の何が良いところなのかも分からないし、やりたいことが見つからない。


そんな中で就職活動を続けていた。


書類審査で8割以上落とされた。


面接に進んでも、受かるところはなかった。


「ここに君の居場所はないよ」と本気で言われた。


履歴書を出したのに、新卒採用見合わせのメールが何通も来た。



それでも、頑張って就職活動を続けた。


そんな日々を過ごしていた。


そして、自分がどれほど弱く脆い存在だということを痛感した。


就職活動が上手くいかないことに対して、悔しくて涙を流すことができた頃は、まだ良かった。


苦しいから泣きたい、つらいから泣きたい、なのに涙が出ない。


もう何も見たくない、聞きたくない。


その時初めて、涙が出ない苦しさがあることを知った。


でも両親の手前、何も言えなかった。


両親には心配かけたくなかったし、私はいい子だから大丈夫って思ってもらいたかった。


学費の高い私立の4大を出させてもらっておいて就職できないなんて、親に申し訳なかった。


今思えば、社会に出たいという気持ちより、親に申し訳ない気持ちの方が強かった。


その思いが、その後も続く就職活動の原動力になった気がする。


がむしゃらに就職活動を続けて、4年生の8月、私は内定を貰うことができた。



この就職活動には、4年間私がいろんなことから逃げたことに対するツケが一気に襲ってきた。


この時、「自由と苦しみ」は同等にあるのだと知った。


楽しいばかりではいられない。


自由と苦しみは、平等にあるもので、逃げることはできない。


そう知った。


でも、なんとかなった。


私は内定を貰えたことがとにかく嬉しかった。



この時は。


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高校三年生、普通の高校三年生だったら、受験までの時間を必死に勉強するだろう。


第一希望の学校へ入るために。


でも、私は普通じゃなかった。


受験勉強らしい受験勉強なんでしていない。


まだ働きたくはないから大学に行く、と漠然に考えていた。


そんな考えだから、やりたいことや目標なんてわからず、行きたい大学なんて見つからなかった。


ただ、私は学校の成績が良かった。


中学の成績が嘘のように、バカみたいに成績が上がっていた。


頭の悪い私がなぜ成績がいいのだろうか?


答えは簡単。


暗記したから。


私の通っていた高校は、すべての教科において、テキストや試験前に配られる問題プリントから8割方同じ問題が出る。


高校一年の時に、このことに気づき、あとはもう「試験イコール暗記」という具合に、すべての教科において、すべて暗記した。


暗記力は悪くない私だったから、難しくはなかった。


だって覚えるだけだもん。


試験が終わって、覚えたものは全て忘れたけど、あの頃の私はそんなことどうでもよかった。


学年の中でも上位の成績を持ち、クラス委員を務めたことや、ボランティア部という部活に入っていて課外活動をしていた経験があった私。


だから自信があった。


指定校推薦が貰えるという自信。


指定校推薦は、面接のみの試験で、高校から貰えた時点でほぼ100パーセント合格したも同然。


それが指定校推薦。


生きたい大学なんてなかった私は、とにかくどこでもいいから指定校推薦で早く大学を決めてしまいたかった。



学校に提出した進路希望用紙に、第一志望は「レベルは高くなくていいから指定校推薦が貰えそうな大学」の名前を書いておいた。


この用紙をもとに先生たちが推薦するかどうか決めるらしい。


そして、進路指導の教師に呼び出された。


担任とは進路相談しても、進路指導の先生とはあまり話したことがなく、何を言われるのかちょっと不安だった。


しかし、話の内容は涙が出るほどうれしかった。


「ここの大学に行く気はないか?」


差し出された紙に書いてあった大学の名前は、東海地区でも有名な大学。


「ここの指定校推薦が君に合っていると思うよ。」


こんなにうれしい話はなかった。


普通だったら絶対に行けない大学。


家族は、私以上に喜んでくれた。


私は、この大学に行くことを決めた。


二つ返事で決めた。



今思えば、なんて楽に決めたんだろうと思う。


自分の意思なんてなかった。


示してくれる道を歩いただけ。


でも、一切後悔はない。


一般入試で入った人から見れば、バカにしてると思われるかもしれないけれど、私は後悔はない。


この大学にい入ったことに、何の後悔もない。



私が歩んだ「大学への道」は、受験生の中で一番楽な道だったのかもしれない。


かもじゃないな。


楽な道だった。


でもその先には、眩い大学生活が待っていた。


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