私にとって、精神世界は
10代のはじめから
当たり前に存在するものだった。

聖書も経本も
哲学の本も思想の本も
あれこれ読んだ。

出逢う人たちからも
たくさんのことを学んだ。

ここ1~2年、周りの人に
精神世界についての話をする機会が増えて来た。

皆、精神世界の話を嬉しそうに聞くし話す。
「周りにこんな話が出来る人が居なかった。」
「変な人だと思われると思って、話せなかった。」
「やっと話が出来る人が居て、嬉しい。」
「やっぱり、存在するよね!」
と言う。

うん、うん、そうだね。
やっと、精神世界の話が
こうやって出来るようになったんだね。
知りたい人が増えて来たんだね。

面白いね。

精神世界は、
目に見えないけど
確かに存在している。

それは、真実。

日本には「気」を使う言葉が沢山ある。
「気」は目に見えないけど
存在していると理解しているから
言葉があるんだと思う。

気も、心も、愛も
目に見えないけど
確かに存在しているし感じるもんね。

だから、そう、
もっと話していいんだよ。
もっと感じていいんだよ。

ね、面白いね。