こんにちは。タロット占い師のなかにしゆいです。
(前回)のつづきです。
具体的にどんな「わたし」になったかと言うと
「辛い」
「悲しい」
「寂しい」
という感情が表に出て来ない人間になりました。
あとは【怒り】の感情も抑圧するようになりました。
腹が立つことがあっても、表に出しませんでした。
実はわたし、【喧嘩】というものをしたことがありません。
周囲の感情的な大人達が大嫌いだったので、怒りにまかせて大声を出したり、騒いだりするなんてことは、わたしにとってはあり得ないことだったからです。
常に冷静で落ち着いていること、合理的に対処することが、わたしにとっての最優先事項でした。
そんなわたしのことを、家族や親戚は「冷たい」「薄情者」と言いました。
わたしはなぜそんな風に言われるのか、まったく理解できませんでした。
(今は理解できます)
恋愛にいたっては、長続きしたことがありませんでした。
本当の自分を知られることを極端に恐れていたので、近寄られれば近寄られるほど、身の危険を感じていたのかもしれません。
わたしは自分が同和地区出身者だということを、ひた隠しにして生きていました。
あの場所で生まれ育ったことは、わたしにとって最大のコンプレックスだったのです。
そこに対する劣等感が強すぎて、20代の頃は完全にアリエッティ状態でした。
↓ ↓ ↓
『見られてはいけない』
(前回)のつづきです。
具体的にどんな「わたし」になったかと言うと
「辛い」
「悲しい」
「寂しい」
という感情が表に出て来ない人間になりました。
あとは【怒り】の感情も抑圧するようになりました。
腹が立つことがあっても、表に出しませんでした。
実はわたし、【喧嘩】というものをしたことがありません。
周囲の感情的な大人達が大嫌いだったので、怒りにまかせて大声を出したり、騒いだりするなんてことは、わたしにとってはあり得ないことだったからです。
常に冷静で落ち着いていること、合理的に対処することが、わたしにとっての最優先事項でした。
そんなわたしのことを、家族や親戚は「冷たい」「薄情者」と言いました。
わたしはなぜそんな風に言われるのか、まったく理解できませんでした。
(今は理解できます)
恋愛にいたっては、長続きしたことがありませんでした。
本当の自分を知られることを極端に恐れていたので、近寄られれば近寄られるほど、身の危険を感じていたのかもしれません。
わたしは自分が同和地区出身者だということを、ひた隠しにして生きていました。
あの場所で生まれ育ったことは、わたしにとって最大のコンプレックスだったのです。
そこに対する劣等感が強すぎて、20代の頃は完全にアリエッティ状態でした。
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『見られてはいけない』
いや、『知られてはいけない』かな。
ふざけました、すみません。
でもこれは本当のことです。
わたしは常に人の目を気にして生きていましたから。
自分の秘密を知られたくなかった。
バカにされたくなかった。
そういった心の不安に対する外的反応が、偽称問題でした。
(つづく)
今日も最後までお読みいただきありがとうございます♪
ふざけました、すみません。
でもこれは本当のことです。
わたしは常に人の目を気にして生きていましたから。
自分の秘密を知られたくなかった。
バカにされたくなかった。
そういった心の不安に対する外的反応が、偽称問題でした。
(つづく)
今日も最後までお読みいただきありがとうございます♪