自分は嫌なことが重なったり、ストレスが溜まって、爆発しそうになると、


紙いっぱいに自分がストレスに感じていること、どうしたいのか、などめちゃくちゃに書きます。


書き出すと、気持ちが落ち着いて、爆発を抑えられます。


ふと、これはどうしてだろう?と考えたので、書いていきます。



よく聞くのが、


愚痴をきいてくれてありがとう!おかげでスッキリした!


というセリフです。


以前から、ストレスの根本的な改善にはなってないのに、どうしてスッキリするのだろう?


と思ってました。


またそういう疑問があったので、愚痴を聞いた時、そのストレスの原因となっているものの解決策を提案したりもしてました。


しかし、自分なりに良い提案が出来たと思って相手の顔や仕草を見ると、腑に落ちていない様子の時が多かったです。


何故?と思い考えると、愚痴を言っている人は別に解決策を提案してもらいたいのではなく、ただ愚痴を聞いて欲しかった、のだと思い至りました。



これらから考えますと、あくまで仮定ですが、


人間がストレスでもやもやっとしている気持ちが100だとすると、


その何割かは、そのストレスの原因となっていることへの不満や不安、


残りの何割かは、不満などがこんがらがり、スッキリと整理できていないことへのもやもや、


で構成されていると思います。



よくテスト勉強なんかをしている時も、教科書などで学んだことをそのままにしているより、


ノートに書き出したり、練習問題を解いたり、人に教えたり、することで、学びが深くなります。


これは、自分の中に入ってきた情報を発信することで、整理が出来て、理解が深まるためであると感じてます。



つまり、愚痴を言うのも、自分の中で整理ができていない不満などを発信することで、整理ができて、もやもやっとした気持ちが晴れるため、ではないでしょうか。


そのもやもやっとした何割かがなくなるため、愚痴を言うとスッキリする、という仕組みです。



なので、ここから得られるのは、愚痴を聞くこと自体が、愚痴を言っている人にとっては大事なことで、スッキリとさせるのに必要なことであるということです。



今までは愚痴を聞くと解決策ばかりを考えて提案していましたが、これからは愚痴を聞いて、共感したり、話をさらに深掘りできるような相槌などをし、


相手から存分に愚痴を発信させることで、スッキリ具合が飛躍的に良くなりそうです。



話を聞ける男、愚痴を聞ける男、


30代はこれをテーマに生きたいですね。