トーマスという古い友人がいる。
僕が夏山の事を何も知らない時に山の歩き方を教えてくれたのが彼であり、それが娘の生まれる直前の話なので付き合いは20年を超える。
自分にとって山歩きの先輩であり、ビール作りの師匠であり、かけがえのない友である。
トーマスとあちこちの山に行った話もこのブログでいくつも書いており、そろそろシリーズになってもいいぐらいの量なので気になる人はそちらの話も読んでいただきたい。


今年の秋、ニュージーランドはイースターホリデーと学校の秋休みとアンザックデーが重なり大型連休となった。
トーマスの仕事は公務員のようなもので暦通りの休みとなるので、どこかへ一緒に行かないかという話になったのが3月後半。
僕は4月の半ばに大きな仕事が入っている他は特に予定もなかったのだが、巷は大型連休である。
このイースターホリデーは日本で言えばゴールデンウィークみたいなもので、どこもかしこも混み合う。
大きな仕事とは撮影の仕事で、これはそれなりに面白かったのでそのうちにブログネタにしようと思う。
その最後にホリデーに重なったが、国道は交通量が多く都会から観光地に向かう車の列を見ながらクライストチャーチに戻ってきたのだ。
最初の案は The Old Ghost Road これは85kmの山道をマウンテンバイクで2泊3日で走り抜けるコースである。
僕も以前に友達から話は聞いていて、いつかやりたいなと思っていたコースであるが、いかにせんイースターホリデーである。
山小屋の予約はほぼ満杯で、ちょっと予定が合わせられないので次の案。
それがバンクストラックだった。
こちらも予約制でほとんどの日は埋まっていた。だが最後の二人分だけ空きがあり、トーマスが即座にそれを押さえた。
撮影の仕事が終わりクライストチャーチの家に戻り数日ノンビリと過ごしているうちにトーマスが来て、僕のホリデーが始まった。



遠方から来る朋有り とはよく言ったもので大昔から友達が遠くから来れば嬉しいのだ。
この日の我が家の晩飯は、冷奴とコンニャクの田楽にすき焼き。
新鮮な卵が大量にあるのは生産者の強みである。
牛肉はさすがに買ってきたが、ネギと春菊と糸こんにゃくは庭からの恵である。
豆腐も近くの豆腐屋でその日の豆腐を重しで水を絞りバーナーで焼いて焼き豆腐にした。
そしてこの日のために、女房が日本からお土産に持ってきた手取川の純米大吟醸。
去年僕が日本に行った時に飲んだ日本酒で一番旨い酒で、金沢の友人ヒデがお土産に用意してくれた。
数多くの酒を飲んだが、水の美味さを感じた酒がこれだった。
ご馳走とは走り回り食材を集め、美味しいものを作ることだ。
その日その時に自分ができる事で最高のものを作る、それがもてなしの心であり日本食の真髄でもある。
旨い肴に旨い酒、話は尽きず日本酒からワインへそして最後は一昨年に作った梅酒でフィニッシュ。
当然ながらそれだけ飲めば次の日は二日酔いになるのだが、まあ楽しい酒というのはそういうものだろう。

 

今回のホリデーの目玉はバンクストラックというコースで、アカロアを出発して大きなループでアカロアに戻ってくる全長31kmのコースである。

国立公園のトラック(山道)と大きく違うのは、トラックが私有地を通ること、そして管理運営をしているのは国ではなく地元の機関であることだ。

山小屋は全て予約制で、ルートはミルフォードトラックと同じで一方通行、出発日で予約を入れる。

1日の入山数は20人程度だ。

コースは2泊2日と3泊3日とで選ぶ。

というのも山歩きの前日の夕方からコースが始まり、その日は泊まるだけで歩きはない。

なので31kmを3日間かけて歩くか、2日で歩き抜くかの違いだ。

泊まる山小屋はどちらも同じで、寝袋や食料は必要だが山小屋には台所もあるので食器や調理器具は持たなくて良い。

面白いのは3日コースの人は荷物を次の小屋まで運んでくれるサービスがあるのだ。

寝袋や食料や着替えその他を運んでくれるので、デイパック一つで山歩きができる。

人によってはクーラーボックスに新鮮な食料だのビールだのを入れてそれごと運んでもらう、大人数のグループならそれも可能だ。

朝山小屋を出発する際、運んで欲しい荷物を指定の場所に置いておけば、歩いて次の小屋に着いた時には自分の荷物が届いているという仕組みだ。

山小屋があるのは基本的に人が住んでいる場所で車の道があるので、こういうことができる。

そして別料金だがプライベートな空間が欲しい人は二人用のキャビンも予約できる。

必要最低限の施設でいたれりつくせりという絶妙なバランスがとても良い。

2日で歩く人は荷物配送サービスは無し。

自分の荷物は全て自分で運ぶというスタンダードなニュージーランドの山歩きなのだが、それでも山小屋にゴミを捨てていけるのと食器や調理器具を持たなくて良いのは楽だ。

僕はこのコースは2回目で、前回はお客さんと3日間コースで歩いた。

その時は荷物は運んでくれるし質素ながら快適な山小屋で、しかもビールだのワインだのも山小屋で買えるという贅沢な山行をした。

今回は初心に帰り2日コースである。

 

 

 

アカロアの町の中心にあるバス停に夕方5時半集合。

そこに22人乗りのバスが来て、ドライバーが小冊子を全員に配りコースの説明をする。

説明はいたってシンプル、ニュージーランド人だったらこれで充分というぐらいだが、ミルフォードトラックを歩くような海外からのお客さんだったら不安になるだろうな、というようなものである。

というのもこのコースでは現地スタッフに会うのはこの時だけで、あとは自分達で山小屋を使い自分達で歩きそのまま終わるという限りなく個人歩きに近い。

非常時には山小屋近くに住んでいる人に助けを求められるが、そうでなければ誰とも会わない。

過度な情報提供をせず必要な事は全て最初に渡される小冊子に書いてある。

この小冊子が手作り感満載でとても良い。

小冊子を作った人の愛が満ち溢れている。

 

 

 

 

アカロアから15分ぐらいのドライブで初日の晩に泊まるオヌクに到着。

人里から離れた牧場の中、海を見下ろす高台にある素敵なロッジだ。

近くに牧場主が住んでいるのだが基本的にお客さんと顔を会わせる事なく、泊り客は自分達でご飯を作り後片付けまでをする。

初日は宿に泊まりのんびりするだけで、山歩きは翌朝からである。

ロッジの近くにカワカワというマオリの薬草が生えており、食後にトーマスがこの葉っぱを煮出してお茶を作った。

味は不味くはないが特に美味いというほどのものではない。もっとも飲んで美味いものだったらとっくに商品になっているだろう。

この辺り一帯はこのカワカワそしてニカウパームと呼ばれる原生のヤシの木の南限であり、南の方とは植生が違う。

そういった植生の違いなどを考えながら歩くと、また興味の幅が広がる。

 

 

トラック初日は長めの行程なので暗いうちから準備を始め、朝日が登る頃にロッジを後にした。

ロッジの標高が200mぐらいでそこから一気に700mまで登る。

途中でリッジウォークというサイドトリップがあり、荷物を道端に置いて景色を見に尾根上を行く。

時に岩を回りこみ時に木の枝を払い岩につけられた白いペンキを頼りに進んで行くと「ここだ!」という絶景ポイントがあり、答え合わせをするがごとく岩にENDの三文字。

そこはアカロア湾から太平洋を見渡す展望台で、なかなかの絶景である。

 

 

 

さらに牧場の中を登りTrig GG、標高699mへ。Trigとは三角点のことでありGGというのが名前だ。

ちょっとした山頂であり、とにもかくにも眺めが良い。天気は快晴、230km彼方にアオラキマウントクックが見えた。

富士山を遠くから見るのってこんな感じだな。

仕事でもプライベートでも100回を超えるほど行っている山だが、違った角度でしかも遠く離れた場所から見ると自分なりの感動が芽生える。

 

 

ここから道は尾根状の亜高山帯を通りシェルターを通過して、沢筋へと入る。

沢筋へ入ると植生は一気に変わり、シダの木やブナの木などの原生林へ入り、いくつもの滝を見ながら沢沿いを下る。

滝に打たれる修行をするにはちょうど良いサイズの滝があり、夏の暑い時ならシャワー代わりに水浴びをするだろう。

原生林は鳥が多く、その鳥を守るために哺乳類を捉える罠がいくつも仕掛けられている。

このバンクス半島からポッサムやイタチなどを駆除するプロジェクトがあり、自分達の居る半島の先端部から内陸に向かって段階的に駆除を行うその第一段階である。

トーマスの仕事はその罠を仕掛けたり働く人のサポートで、まあそのスジの人である。

地域によって微妙にやり方が違うらしく、専門家の視点での解説が面白い。

 

 

そしてFlea bayへ到着。ここは3日間コースの人の宿泊施設があり、コテージには今晩泊まる人の荷物がすでに届けられている。

自分達は泊まらないが施設は使えるので、キッチンでお湯を沸かして日本のフリーズドライ食品で昼飯。

今回の為に女房が日本からお土産に山用のフリーズドライをいくつか買ってきたが、これが旨いのなんのって、技術の進歩というのはこういうところにも現れるしさすが日本だなぁとも思うのである。

ここまででスタートから11km、寄り道をしながらノンビリ歩いても1日の行程としては短い。なのでここでは夜のペンギン見学ツアーや次の日の午前中のシーカヤックツアーなどもオプションである。

人里離れた小さな入江で牧場の中にポツンとコテージがあり、周りで羊がのどかに草を食む。ひたすらに平和な世界だ。

人里から遠く離れたこの場所だが昔は3つの家族が住んでいて酪農でチーズやバターを作っていた。当時は車の道はなく船で荷物を運んでいた、車の道と電気が来たのが1950年代と小冊子に記載がある。

 

 

Flea bayからこの日の終点Stoney bayまでは8km、約3時間の行程である。

コースは海沿いの牧場の中、羊のウンコを時々踏みながら歩く。

人間の歩く道は羊にも歩きやすい道なので、当然のことながらウンコはどこにでもある。

さすがに牛のウンコは避けるが羊のヤツは小さいしポロポロしているので気にせず歩く。

コースは断崖絶壁の縁を歩くのだが、その場に居ると緑の牧草とその向こうに広がる大海原しか見えない。

そこから離れて遠くから振り返ってみると、さっきまで自分はすごい所に居たのだなあと気づく。

これって人生でも同じかもしれない。

自分が今いる場所から見えているものと、メタな視点で見えるものとは違う。どちらも大切だ。だから視点を変えて見る事が大切なのだろう。

ミクロで見るのかマクロで見るのかで、そこから引き出される結果は変わってくる。

自分が考えているのはどちらの視点で見ているのか、できることなら違う視点での考察も視野に入れて全体を俯瞰で見て、改めて自分自身に戻ってくる。

今の世に必要な事ってそういうことかもしれないな。

 

 

 

歩いて行くと島が見えてきた。Island Nook、断崖絶壁に囲まれた島は鬼ヶ島のようだ。

このバンクス半島は火山によってできた山で、自分達がいるのはその外側、大昔に溶岩が外に流れて固まり波の侵食で断崖絶壁になった場所である。

その先のレッドクリフという場所は、当時の噴火で空に舞い上がった酸化鉄などが降り注ぎ、赤っぽい色を見せる。

自分達以外に人影は見えず、人工構造物と言えば牧場のフェンスと目印のマーカー、そして時々出てくる歩く人の為の看板。

この看板が手作りでユーモアに溢れセンスが良い。

比べてしまうのもなんだが国が管理している国立公園などの看板は色気がない。

 

 

看板に限らず、手すりやトイレやシェルターなど全てが手作り、キーウィ工学と呼べばいいのか、そこにあるもので作ってしまうような古き良きニュージーランドの姿が見える。

キーウィ工学の結晶のようなシェルターで一休み。

大きな岩を利用して知恵とアイデアを駆使して、何もなく人も滅多にこないような場所に快適な空間を作り上げた。

中にはビジターブックもあり、数年前にお客さんと来た時にしたサインがまだ残っていた。

天気の良い日は外のテーブルで寛げるし、天気の悪い日はこの空間でほっと休めることだろう。

 

 

 

何だろうなこの居心地の良さは、どこかで似たような感覚があったな、と思ったところではっと気がついた。

これはクラブスキー場のノリだ!

今さらくどくどクラブスキー場のことは書かなくてもいいだろうが、一応書いておこう。

大規模な設備を望まず施設は最小限、古くても使えるものは使い続け、雪山という過酷な自然環境の中で長年培われてきた人間社会の営み。

その根底にあるのは自然の中での人間の心のあり方だろう。

文明の英知に頼りすぎず、自然を敬い畏れ愛し、自分達でできることでなおかつ山を楽しもうという心。

過度な贅沢を好まず、自然の中で人間の努力も忘れず、淡々と自分がやるべき事をやるような、そんなスキー場なのだがこれは言葉では伝えきれないな。

気になる人は過去の話でも読んでくださいな。

言葉で伝えきれないけど行けば分かる、そんなスキー場がクラブスキー場なのだが、それと全く同じ感覚がこのバンクストラックだ。

そう考えると全てが繋がる。

ユーモアに溢れた手作りの看板、廃品を再利用した施設、古いものを大切に使い続ける心、バスドライバーの必要最低限な説明、愛が溢れた小冊子、お金を払うお客さんもみんなで綺麗に使うキッチンなどの施設、そして今ある自然を愛する心。

全部が全部そっくりそのままクラブスキー場に当てはまる。

あー、こういう気づきは嬉しいな。

どうりで初回来た時から全てが好きになるわけだ。納得。

 

 

素敵なシェルターで小休止して再び登り始める。この海沿いのコースは上って下っての繰り返しだ。

道は相変わらず牧場の中、牧草の中で羊の通り道を歩く。

海を右手に見ながらのんびりと歩いているうちに、今日の終着点のストーニーベイが見えてきた。

半島の外側に面した小さな入江だが、その名の通り石がゴロゴロしている。

 

 

 

海岸にたどり着きそこから小さな橋で川を渡るのだが、ここで僕たちは道を塞がれた。

この辺りはオットセイの生殖地でもあり奴らがウヨウヨいて、潮溜まりでは子供のオットセイが遊んでいるのが見えるぐらいなのだが、2匹の赤ん坊オットセイが橋のたもとにいて道を塞いでいる。

近くに寄っても橋からどこうとしないオットセイは生まれて数ヶ月ぐらいか、子犬のような顔をしてとても可愛い。

可愛い子供のオットセイを間近に見られるのだが、このままでは僕たちは今日の宿にたどり着けない。

観光地のオットセイスポットに行く時には「野生の動物に近づく時には5m以上距離を開けるように」などとお客さんには偉そうに言うのだが、野生動物の権利を尊重して靴を濡らすほどお人好しではない。

「おくつろぎの所、大変ご迷惑をおかけしますが、少し道をゆずっていただけますか」などと言いつつウォーキングストックで追っ払い、この日の終着地に着いた。

 

 

 

キャンプ地は大小様々なコテージが点在していて、僕とトーマスは二人用の小さなコテージだ。

電気はないがガスコンロと小さなキッチンがある。

共同施設としては、林の中には手作り感満載の立派なシャワーもあるし、焚き火で沸かす風呂もある。

何より特筆すべきはお店があることだ。

お店といっても無人販売で小さな小屋の中に冷蔵庫があり、冷たいビールやジュースや肉とかチーズなどがあるし冷凍庫には食パンやアイスもある。

そして新鮮な卵や野菜やフルーツ、その他シリアルやスナック菓子など。

棚にはワイン、それも白から赤からスパークリング、白はちゃんとシャルドネ、スービニオンブラン、リーズリング、赤はピノノワールにメルロー、カバルネソービニオン、シラーズと一通りは揃っている。それも一番安いワインではなく、かと言って高級ワインでもなく、そこそこのワインがそこそこの値段で買える。きっとここのオーナーはワインが好きなんだろうな。

支払いは現金のみ。買うものと値段を自分で紙に書いて現金を箱に入れてお釣りが必要な場合はそこから取っていく。親切に小さな電卓も備え付けだ。

オネスティーボックス、直訳すると『正直者の箱』であり、無人販売という言葉よりこっちが好きだな。

値段は当然ながら町より高いが、ここまで運ぶ手間賃だってあるし、飲み食いした後のビンやカンやゴミなどを町まで捨てに行く手間もある。この場所で物が買えるということを考えると安いと思うぐらいのものだ。

面白かったのは張り紙にオーストラリアドルも受付ますと記載されていた。

オーストラリアドルはニュージーランドドルより1割ぐらい高いので、そのままだと高く払うことになるがこの場所でそんなみみっちい事を言うヤツはいないだろうし、たぶんそこまでお金に困ってるヤツはここに来ない。

ここの家の貴重な現金収入だろうから、僕もそれに協力し赤ワインを1本とビールを何本かそしておつまみ用にソーセージを1パック買った。毎度あり〜チーン。

 

 

 

前回にここへ来た時にはここの海岸でアワビを見つけ、お客さんと一緒に大きな奴を3つほど足も濡らさずに5分で取った。

岩場で岩がみえないぐらいにびっしりとアワビがあり今回もそれが目当てで、ちゃんと干潮の時間も調べてある。

トーマスと一緒に再び海岸へ行き、昼寝をしているオットセイにどいてもらい岩場でアワビを探したが見つからない。

二人で20分ぐらい探したが見えるのは小さいサイズの物ばかり。どうやらわずか1年半の間に大きなヤツは取り尽くされてしまったようだ。

きっと昔はどの岩場にもアワビはびっしりあったのだろうな。人が入るってこういうことか。

ともあれ先ずはビールで乾杯だ。

こんな素敵なキャンプ地で冷たいビールが飲めるのは嬉しい。

ニュージーランドの山では基本的に物を買えない。山でもどこでも売店がある日本とはそこが根本的に違う。山で冷たいビールを飲みたかったら自分で持ち込んで川とか雪とかで冷やすしかないのだ。

「今日は間違いなく『大地に』だな」「そうだね」

自然の中でとことん遊ばせてもらった時に飲むビールの最初の一口を「大地に」と言いながら少しだけ垂らす、という昔のパートナーだったJCが始めたこの儀式を僕たちは忠実に守っている。

ほどよく冷えたビールが五臓六腑に染み渡る。

その後はソーセージを焼き、赤ワインを開け、日本の美味しい携行食品で晩飯後、泥のような眠りについた。

 

 

 

一晩明け、手短に支度を済ませ僕たちは再び歩き始めた。

この日の工程は海から800mの山を登り海まで下る、標高差800mと実に分かりやすい。

距離は12kmと1日の工程としては短めだ。

キャンプ地を出てしばらくは牧場の敷地内を歩き、途中からヒネワイリザーブへ入る。

ここでヒネワイリザーブについてちょっと書いておこう。

面積は1500haの原生林からなる民間の自然保護区で、僕は2ヶ月前ぐらいに仕事で来た。その時はアメリカの生態学か生物学か何かを勉強している学生の日帰りツアーで、ヒュー・ウィルソンに会った。

ヒューは植物学者であり、ヒネワイリザーブのマネージャーであり、このバンクストラックを整備して作った人だ。

ちなみに山歩きに参加する人に渡される、必要な情報が全てが詰まった小冊子はヒューが文と絵を書いたものだ。

その時の仕事ではヒューが学生にニュージーランドの生態系の講義をするというものだったが、実に分かりやすい説明でなおかつユーモアを混じえながらの話はとても面白かった。仕事でこういう場に居合わせられるというのは役得というものだ。

僕は彼に20年ぐらい前に会っている。

当時はまだ山歩きガイド駆け出しでニュージーランドの生態系の事を学び始めた時だった。たまたまヒネワイリザーブを訪れ、たまたまそこにいたヒューと出会い話をした。

その時にも感銘を受けたが、それから20年が経ち再びこうして会えるのは楽しいものだし、人とのご縁というものをここでも感じるのだ。

ヒネワイリザーブ自体は規模こそ小さいが、それこそ原生植物や鳥の宝庫で、人間が入って来る前のニュージーランドを感じられる。国立公園ではそういう場所は当たり前だが、この地域でこういう場所が残っているのは嬉しい限りだ。

それを支えているのがヒューというわけだ。

リザーブの中にインフォメーションセンターがあるのだが、トイレも環境に影響を与えないようウンコとオシッコを別々に処理するシステムだったり、訪れる人に植生や生態系の事を知ってもらう看板であったり、地元の子供達への教育だったり、彼の考えと行動には20年経った今もなお感銘を受ける。

もうけっこうな爺さんだが、未だ現場で働き続ける姿から学ぶところがある。

ここでもやはりなのだが、全ての根底にあるのは愛だ。そして愛とは行動である。 

そんなヒューの愛が溢れる看板がヒネワイリザーブに入るとパラパラと出てくる。

景色の開けない単調な長い登りの途中で、足を止めて一息入れるのに程よいタイミングだ。

谷を上り詰めて頂上近くまで来ると赤ブナの森、そこに流れる清流を横切る。水を補給できるスポットで一休み。

さらに登っていくと樹林帯を越えて一気に景色が広がる。

森に覆われた谷間が海にぶつかる小さな入江、今日のスタートのストーニーベイが彼方に見える。

ここまで来たら登りはほぼ終わりである。

シェルターで一休みした後は、おまけのストーニーベイ・ピークまで緩やかな登りだ。

 

 

 

ストーニーベイ・ピーク標高806m。ここまで来るとアカロアの入江が一望できるし、遠くにはカイコウラの山も見える。360度のパノラマだ。

ちなみにここまで来ると携帯の電波も繋がる。

ここから先はアカロアに向けて下っていくだけで、特筆すべきことはない。

ルートはアカロアからの遊歩道の一部で、僕も仕事で来てクルーズをするお客さんを待っている間によく歩いている場所だ。

アカロアまで無事に下り、地元のパブでトーマスと乾杯。

湧き上がる想いはこの大地という自然に、一緒に歩いた友に、こんな素敵なトレッキングルートを作ってくれたヒュー・ウィルソンに、協力して私有地を解放している牧場主に、ただただ感謝の気持ちがあるだけだ。

また一つ、楽しい思い出が増えた。

 


 

全国のあおしろみどりくろファンの皆様、明けましておめでとうございます。
今年も不定期にアップされるこのブログ、筆者共々よろしくおつき合いのほどお願いいたします。
まあまあ、堅苦しい挨拶はこれくらいにして、年が明けた。
ヒマを持て余し何か書いてみようと思い、パソコンを開いてさあ一体何を書くべきか。
前回のトシキの話、前々回のヤマトの話、その前の弟子二人の話はモデルがいたし、自分も人との出会いでそれなりに想うことがあったのであれだけの話が書けた。
自分でも気に入っている話である。
今回は何について書こうというのではなく、新年だからいっちょ何か書いてみるかという行き当たりばったり的なノリで始めてみた。
毎年新年の頭に何かしら書いてきたし、読み返さないが今までは変革の社会であーだこーだとか、現状を見ることがむずかしいのがどうのとか、そんなエラそーな事を書き散らかしてきたような気がする。
今もその想いは変わっていないし、世界中のいろいろな現象を見ていると自分が想像している以上のスピードで変化をしているんだという気はある。
でももうそれ以上言っても仕方ないし、これを読んでいる人だって、そんなの分かってるよという気持ちはあるだろう。
逆にこの読者で「えー、そうなの?、そんなに世界は変わっているの、びっくり!」という人がいたらそれはそれで面白い。
なので今回は啓蒙的なことではなく、自分個人の想いを連ねてみようと思う。

最近の大きな変化は、スマホの新調だ。
なーんだそんなことか、と思うかもしれない。
そんな些細なことがこのおじさんには大事件なのである。
ガラケーからスマホに変えた話は何年前か書いた。
タイからもらったアイフォンSEというヤツは気に入っていたが、メッセージを打つときに勝手に互換されたりして不都合が出てきた。
そしてPodcastのプロレタリア万歳を久しぶりに収録しようとしたら、古い機種だとできないと言われた。ガーン
そこにサダオ登場。
サダオの事もブログのどこかに書いてあるはずだから探してくれ。
サダオの仕事が一段落して我が家に来て時間があるというので、新しいアイフォンを買うのに付き合ってもらった。
こういうのもご縁とタイミングだと思うのだよ。
そして収録したのが『プロレタリア万歳61回 プロレタリアは死んでいない』
買い物の一部始終を話しているので気になる人は聞いてほしい。
スマホを新調して思ったのは、こりゃ中毒になるだろうなぁと。
アプリを入れれば何でもできるが、アナログなおじさんは新しいアプリを入れる事自体に躊躇するというのか背徳感なのか罪悪感なのか、ともかく人間が機械に追いついていない。
だがデジタルネイティヴ達は何のためらいもなくその世界に入り、おじさんとは違う世界で生きている。
改めて自分の時代遅れさを目の当たりにして、時代の進み具合に胸を貫かれた気分だ。

前回の話でも書いたが写真家トシキとはご縁があって去年は2回もツアーをした。
人だけでなく物事も含めたご縁とは不思議な物で、全てそういうタイミングでできている。
トシキのように新しく繋がるご縁もあれば切れるご縁もある。
犬のココちゃんが死んだのが去年の4月の事だった。
これは厳密には切れていないな、何故なら一生自分の心の中にいる存在だからだ。
でも実際には会えなくなってしまった。
こういうのもご縁と呼ぶのだろう。
お客さんでも、この人とはまたいつかどこかで会うだろうなと感じる人もいれば、この人とは多分今回限りなんだろうなと思う時もある。
僕は人と付き合う時にその人が何を言っているのかではなく『何をやっているのか』で判断する。
いい歳をした人でもろくに挨拶もできない人もいるし、若い人でもヤマトのように自分がやるべき事をやっている人もいる。
昔働いていた会社の社長は「金ではない」と言いつつそいつは意地汚く金儲けをしていた。
どんなに綺麗事を並べてもやっている事を見ればその人となりというものが見えてくるものだ。
そういう観点で自分を見てみるとどうだろう、自分のやっている事とは。
野菜を作って自分も友人家族もハッピーにしてるし、ガイドの仕事でもお客さんを幸せにしてる。
ブログとPodcastで発信をしているし、自分の時間は山歩きとスキーをしている。
ギターとかウクレレで唄を歌うと友達には喜ばれるが家族には嫌がられる。
自分がやっている事とはそんな事ぐらいのものか。
そんな自分でも、事あるごとに誘ってくれる友達もいるし、喜んで迎え入れてくれる旧友もいれば、我が家に遊びに来てくれる人たちもいる。
それらが全てご縁であり、不思議なタイミングでそれは起こる。
タイミングと言えば、最近覚えた唄でコンビニエンスマンというT字路ズという人が歌っている唄がある。

なんの取り柄もない人間ですから 優しさくらいは誰よりも
好きの二文字がまた言えなくて 今度もあの娘は誰かのもの
それでもなんでもない顔をして ただ愛想をふりまく毎日に疲れただけさ
湿っぽい布団で丸くなる 夢は見せないでおくれ虚しいだけだから
カーテンの隙間から溢れる朝日は 弱い自分に弱いという

分かり合えぬ人もたくさんいるが 分からぬままでいいじゃないか
人を裏切る覚悟もなくて どっちつかずの言い訳ばかり
それでもなんでもない顔をして ただ坂道を登る毎日に疲れただけさ
安っぽい焼酎を流し込む こんな日は昔の友の声でも聴いてみようか
カーテンの隙間から溢れる朝日は 弱い自分を抱きしめる
弱いままで生きて行く


この唄を覚えたのも何のきっかけだったか、何故か心に響いたからだ。
そこまで自分のことを弱いとは思っていないが、時には弱気になる時もある。
ご縁が切れる時もあれば切れそうだが繋がった事もあった。
仲がよいと思っていたがうまくいかなくなった事もあった。
でも全ての人とうまくやって行くなんてのはどだい不可能だし、無理して相手に合わせる必要もなかろう。
そんな事より自分は自分の道を信じて進み、その結果でトモヤとケイスケという弟子達やヤマトやトシキと繋がった。
さらにブログではあげなかったが他にも新しい出会いもたくさんあったし、きっとこれからも続いていくであろう。

そんな具合で年が明け、今は忙しくなりすぎない程度に仕事をして、庭仕事をして山を歩くという毎日だ。
庭の野菜作りは多分一生続けていくだろう。
自分だけでなく、自分の周りの友達やその家族を幸せにするという労働には充分意味がある。
以前ブルシットジョブの話でも書いたが、労働の本質とは一体何か?
お金を稼ぐ事が労働なのか、人を幸せにする事が労働なのか、嫌いな事を嫌々やるのが労働なのか。
そういう原点回帰をしながらもこれからもこうやって生きていくのだろう。







人との出会いは全てご縁とタイミングであり、会うべく時には出会い、会わない時には絶対に会えないようにできている。
旧知の兄弟分のガイドの山小屋というヤツからの話で「オレ達と同じ匂いのする人がいて…」というところから始まりトントン拍子で話がまとまり、撮影ツアーをしたのが今年の1月。
オレ達と同じ匂いのする人とは風景写真家のトシキ、本名は中西敏貴、その業界ではすごい人のようである。
最近写真を始めた不肖の弟子トモヤも名前を知っていたし、カズヤの嫁さんで雪山で写真を撮っているミホも知っていた。
どれぐらいすごいかは僕もよく分かってないが、ググればすぐに色々出てくるので各自で調べるように。
何から何まで人に教えてもらおうとせずにそれぐらいやろうね。
山小屋の紹介から実際に出会うまでトシキとは電話で話しただけだったが、なにかこうしっくりくるような感覚を電話を通じて感じていた。
空港では出会ってすぐに打ち解けて、旧知の友のように僕らは仲良くなった。
1月のツアーはクィーンズタウンをベースにして、天気を見ながら昨日はルートバーン今日はマウントクック明日は西海岸という具合に毎日がアドリブ、僕が最も得意とするような旅だった。
その時に西海岸へ行って森の撮影をして感動し、もっともっとディープなスポットを撮りたいという具合で今回のツアーが決まった。
考えてみれば1年のうちに2回もニュージーランドに来るなんてすごいことだなぁと思うが、まあそういったのもご縁なのだろう。



今回のツアーはクィーンズタウンから始まり西海岸をメインに周りクライストチャーチで終わるという行程だ。
前回のツアーの時に色々と話をして、僕が勧めたのは12月前半。
どこもかしこも忙しく駐車スペースを探すのに一苦労する気違い沙汰のクリスマス休暇になる前のこの時期は、わりと落ち着いている。
一応ツアーのスタートとフィニッシュに宿、それから半日だけヘリ氷河ハイキングは押さえてあるがそれ以外は食事も含め全てその場で決めるというスペシャルツアー。
そういうのが嫌という人は来ないし、どちらかというとそういうのが好きという人達が集まるのでこちらも楽である。
前回とメンバーがほぼ同じなので、僕がどういうような人間かみんな分かってくれているという点でも楽だ。
12月の頭に空港でトシキと出会い、同じ匂いのするおっさん同士でハグをした。
こうやって書くと加齢臭プンプンですげえ臭そうだが、当のトシキは全然おっさんっぽくなく、シュッとして格好良くてダンディーである。
泥臭いブルースばかり聴いている僕とはえらい違いだ。
初日はみんな長旅で疲れているので軽く観光ドライブで近郊のモークレイクへ。
ここは一言で言えば「何もないけど良いところ」で山に囲まれた湖があり施設はトイレだけだ。
だが氷河で削られた谷間を抜けて、羊や牛が間近にいるドライブはニュージーランド初日にうってつけだ。
トシキもお客さんも大喜びで写真を撮る。
ただ普通の撮影と違う所は僕が「ええ?そんな所を撮るの?」と思う所で撮るのだ。
そしてできあがった画像を見せてもらうと、自分が見ている景色とは全く違う世界がある。
この不思議な感覚はツアー最終日まで、そのまま続いた。
空港で皆を出迎える朝に少し時間があったので、昔からの友達でバンド仲間のマサとお茶をした。
「午後に少し時間があるのでどこに行こうかなあ」などと話していてモークレイクの話が出て、「あそこなんかお客さんが喜ぶんじゃないの?」という話になった。
自分でも何回も行ってるが、今回はその存在をすっかり忘れていたのだがマサの言葉で思い出した。
朝のうちに降っていた雨も止み、初日の軽い足慣らしとしては最高である。
その日の朝には忘れていた場所を友の言葉で思い出し、皆がハッピーになるとは面白いもので、こういうのもご縁とタイミングなのだろう。



ルートバーンの森では普通の1日ハイキングの行程をあきらめて、好きなだけ時間を取り好きなだけ写真を撮るというぐあいだ。
前回はルートバーンの1日ハイキングをして、物足りずにもう一度ルートバーンお代わりをしたぐらいである。
持論だが、山の楽しみ方は百人いれば百通りある。
命をかけて山を登る者もいれば、その山を見ながらビールを飲む者もいる。
ルートバーンのような山道をマラソンのように駆け抜ける者もいるし、2泊3日の行程をあえて5日かける人もいる。僕がそうだった。
鳥が好きな人は鳥が出てくると動かなくなってしまうし、花が好きな人は花を愛でる。
以前見ていいなぁと思ったのは森の中で絵を描いている人だった。
こうでなければいけないというものはなく、他人のやり方に茶々をいれず、自分のやり方を見つければ良い。
そのあたりは人生に通ずるところがあるような気がする。



ワナカ湖畔からのマウントアスパイヤリング、スキー場から湖を見下ろす展望、ハースト峠近辺での滝、それぞれの所で写真を撮りながら西海岸へ。
今回はフォックスグレーシアーという小さな村に4連泊である。
フォックスに4連泊?なんて普通のツアーではありえないが、そこはそれ普通のツアーではないのでこれでいいのだ。
フォックス氷河のヘリハイク、雪山を映し出す湖、荒波しぶく海岸線、幻想的な土蛍、手付かずの原生林。
写真の題材には事欠かない。
ホテルから歩いて5分ぐらいに原生林の中を歩くコースがあり、そこは森も綺麗なのだが土ホタルが間近に見える。
トシキは朝の4時ぐらいから、それこそ朝飯前に三脚を担いで森に行き写真を撮り、夜は暗くなる10時ぐらいからまた森に写真を撮りに行く、という毎日だった。
嬉しそうにトシキが写真を撮っている姿を見ると、この人は心底から写真を撮るのが好きなんだなぁと思う。
だからプロになっているんだろうけど、やはり好きとか楽しいというのは人間の行動の最大の原動力なのである。
西海岸はニュージーランドで一番雨が多い場所で滞在中も1日雨に降られたのだが、その雨の中でニコニコしながらうっそうとした森の写真を撮っている姿は正直かっこ良かったのだ。



僕とトシキはまるで旧知の間柄のように話をするし、ディープな話もポンポンと出る。
共通の友である山小屋の話もすると、北海道のお客さんがのってきて山小屋に会ってみたいなどと言う。
「あー、ガイドの山小屋に行って奴に会ってあげてくださいな、喜ぶと思うよ。『おー、聖に会ったか、ちゃんと仕事してたか?そうかそうか、それは良かった』なんてエラそうに言うだろうからさ」
「北海道へ来たら遊びにきてくださいよ、山小屋さんと一緒に飲みましょう」
「あーそれも面白そうだね。いつか絶対、爺いになるまでにやろう」
トシキは昔はスキーの選手だったという事でスキー業界の話でも盛り上がる。
ただし写真の話になると僕はチンプンカンプンで話には加われないので横で「へえ」とか「ふーん」とか聞いてるだけだ。
「たぶんこれって、スキーをやったことがない人の前で、山回りがどーのこーのとかターンの切り替えがどーのこーのって話をしてるようなものだよね」
「そうそう、もっと例えると雪温でワックスがあーだこーだ言ってるような話ですよ」
そんな話をしながら笑い合うのである。



南島の西海岸一帯はテワヒポウナムという世界遺産の一部である。
意味はポウナム(ひすい)の取れる場所。
鉄を持たないマオリにとって、硬いポウナムは刃物にもなるし道具や装飾品や武器にもなる。
その特別な石が出る特別な場所なのだ。
当然ツアー中はそういう話にもなるし、何回もNZに来ているお客さんのK氏は自分も欲しいなと言う。
トシキも自分も一つ欲しいなとつぶやいたので、これはと僕は思いついた。
もう何年前か忘れてしまったが、山小屋が僕にひすいの首飾りを託したのだった。
自分は常に首からぶらさげているので、山小屋のポウナムを仕事用のバッグに縛りつけていた。
それをトシキにプレゼントした。
山小屋がどういう心境で僕に託したかわからないポウナムだが、何年もぼくの仕事に常についてきて、そしてトシキへと渡った。
石との出会いもご縁とタイミングである。
その後、フォックスを出てホキティカまで来て、念願の買い物タイム。
ホキティカはポウナムのお店がたくさんあり、実際にそこで研磨加工して売っている。
お客さんにもそこで買うといいよ、とは伝えてあった。
お昼の後の自由時間では各自にお店を覗き気に入った石を買うのだが、お客さんのK氏の物欲に火がついたのか、幾つもあちこちの店でポウナムを買っていた。
K氏のポウナム欲はとどまることを知らず、最終日にクライストチャーチで空港へ行く直前にも石屋さんへ行きポウナムを購入した。
石との出会いも一期一会なので、これでいいのだ。



ツアー最後の晩は西海岸の街グレイマウス。
ここにはモンティースという老舗のビール工場があり、晩飯はそこでビールを飲みながらである。
ツアー途中からお客さんとかトシキがプロレタリア万歳を聴き始めたようで、割とその話題で盛り上がった。
トシキが何か良い事とかかっこいいセリフを言うと、「あ、プロレタリアで収録すればよかった」という具合だ。
ちなみに聞いてもらった感想は「思ったよりマイルド」なんだそうな。
みんなもっともっと過激なのを期待しているのだろうか。
まあプロレタリアという言葉自体がブルジョアジーに対しての言葉だから、一般庶民の立場からズケズケと「支配者どもFUCK!」ぐらいのものを期待するのだろう。
でもまあそこはそれ対立を煽っているのではないので、あんなぐあいなのである。
運転中に助手席のトシキが動画のカメラを向けて何か一言というから「自由市場経済を基盤とする資本主義社会では全てのものが商品と・・・・」とやり始めたら困ってたな。
最終日の晩はモンティースのブリューワリーということもあり、ぼくもよく飲んでトシキと何か良い話をしたようだが、いつものごとく良い話は忘却の彼方へぶっ飛んでしまい、楽しかったという思い出だけが残るのであった。



楽しい時というのはあっという間に過ぎてしまう。
最終日はアーサーズパスを超え、キャッスルヒルで撮影をしてクライストチャーチへ。
飛行機は夜なので夕方までにクライストチャーチへ行けば良い算段だ。
アーサーズパスを越えたらそこはぼくのホームグラウンドみたいなものだが、今回はそのホームが大変なことになっていた。
ブロークンリバーのスキー場入り口くらいが山火事で1000ヘクタールぐらい焼けてしまった。
1000haって普通の人にはあまりピンと来ないだろう、ぼくも来ない。
ツアーが始まるぐらいから燃え始め、しばらくは道も通行止め、この道が通れなかったらどうしようか、などとトシキとツアー中も話していたのだ。
幸いに雨が降り鎮火して道が通れるようになったが、国道の両脇は一面の焼け野原、考えていた洞窟も森の小川も立ち入り禁止。
それでも今回の目玉のキャッスルヒルは被害を受けなかったようで無事到着。
トシキが嬉々として写真を撮り、その撮ってる姿をぼくが撮る。
当たり前だがカメラを構える姿がカッコイイ。
何万回なのか何十万回なのか、カメラを構えてきた男のオーラがにじみ出る。
雪の斜面に立っているだけで上手いスキーヤーは分かる、というのと同じことだ。
プロの背中ってそういうもんだろう。



クライストチャーチで服を着替え荷物をまとめて、K氏の物欲を満たすために石屋さんに行きポウナムをめでたく購入し、さあ空港へ向かおうという所で助手席のトシキが悲痛の叫び声をあげた。
なんだなんだどうしたんだ、と思ったら他のお客さんも同時に「え〜!?」という声をあげた。
どうやら日本行きの飛行機が10時間遅れになってしまったとのこと。
空港まで数分という場所にいたので、取り急ぎチェックインカウンターへ。
すったもんだの末、航空会社がホテルも手配してくれてオークランドまではチェックインができて、あとは翌朝オークランド空港での再チェックインということで話がまとまった。
このグループはニュージーランド到着時に通関で時間がかかり、国際線のターミナルから国内線のターミナルまでダッシュしたと言っていた。
だがクィーンズタウン到着後は全て順調で天気も味方になってくれて、念願の氷河ヘリハイクもピンポイントで飛べた。
持っている人は持っているんだな、と思いながらツアーを続けてきたが最後の最後にこれだ。
飛行機が大幅に遅れると、日本へ着いてから北海道へ帰る便も変わってしまう。
日本行きの飛行機はさらに遅れ13時間遅れ、トシキはその日に家に帰れず結局羽田にもう一泊することになったとメッセージがきた。
チェックインを済ませ、近くのレストランで通夜のような食事をして空港でみんなを見送った。
ツアーのメンバーとは硬い握手を、トシキとはおっさん同士のハグをして皆と別れた。



山小屋が言い始めた『同じ匂いのする男』との関係がこんな風になっていくとは思わなかったが、だから人生って面白いんだ。
それもこれも全てご縁なのである。
熱き友情などという言葉はそれこそ昭和のそれであろう。
平成になったらそんなものはダサいとされ、令和の今では死語だ。
自分だってその言葉を聞いて思い浮かぶイメージは、沈みゆく夕日の中で泣きながら抱き合う星飛雄馬と伴宙太だ。(分からない人は分からなくてよろしい)
だけど全ての物事が、電話や宿の予約や支払いさえもがスマートになるこの時代にこそ、この古くてダサくて泥臭い『熱き友情』という昭和の言葉をあえて使いたい。
ちなみに僕の外見は古くてダサくて泥臭い昭和の頑固オヤジであるが、トシキはダンディーで格好いいオヤジだ。
そんな外見が全然違う僕らを繋いでいるのは、心の奥底にある芯なのだ。
この芯のつながりがあるからこそ、違うことをやっていても互いに認め合う関係が成り立つ。
浮世の物事に心を乱す事なく、己の中心を見据え己ができる事をする。
言い方を変えれば、方向性とバランスと行動だ。
さらに熱きといれたのは、自分の心の奥にある脈々とした想いである。
何が正しくて何が間違っているか簡単には分からない情勢でそれでもなお、自分自身の芯を信じて生きて行く。
見た目はクールでも情熱を持ち写真を撮り続けるトシキの心の熱さを感じるし、自分も自分の芯を信じて生きて行く熱いオヤジだと思う。
それがあるからこそ熱き友情という絆で結ばれる。
山小屋がいう同じ匂いとはそういうことだ。