熊本県で大きな地震があってから約3週間が経ちました。
いまだ揺れは続いているようですが、震災地付近に住む方々は無事でいますでしょうか。
北海道に住む僕を含め、遠方に住む方々も油断せずに、いざというときに自分や周りの人を守れるように準備しておいた方がいいですね。
さて、今日のテーマは「数」です。
先に誤解を解いておかなければなりませんね。
「数」といっても数学の話ではないので、「あなた」がもし数学が苦手なら、安心してください。
ここでいう「数」は、個人が持つ「考え」や「スキル」の「数」を指します。
簡単に言えば、「あなた」の得意なことや、ある事柄に対するアイデアの「数」のことです。
たとえば僕の場合、
1:心理学
2:特に恋愛に関する心理学
3:お菓子作り
4:相談に乗ること
の4つが得意なことです。
また、アイデアの数では、少なくとも周りの環境から疎外されないように生きることに必死な人よりははるかに多いでしょう。
今回、このようなテーマにした理由は、誰しもが一度は考える発想の否定をしようと思うからです。
それは、「自分には才能がないから…」です。
学校でテストの結果が返ってきたとき、クラスで1番成績が良かった人に対して、「あの人は頭が良いから何でもできる。自分は頭が悪いから全然ダメだなぁ」なんて思ったことはないですか?
あるいは、自分が思いつかなかった意見をたくさん発言している人に対して、「自分は1つぐらいしか思いつかなかったのにあの人はあんなにたくさん思いつくのか…」といったぐあいに。
自分よりも素晴らしい行いをした人と比較し、自分の無力さに絶望する。
「生まれつきの才能だから自分には無理」と諦める。
僕はこれから、これらを3つの段階に分けて全て否定します。
1:才能は全員同じ
断言しますが、才能は人間だれしも平等です。東京大学出身の両親から生まれた子どもに最初から東京大学に行ける才能があったり、錦織圭選手に子どもが生まれたならその子どもは最初からテニスの才能があると思いますか?
本当に重要なものは、環境と努力です。
おそらく、錦織圭選手のお子さんがテニスをしようと思ったら、良きテニスプレイヤーになるでしょう。なぜなら、自分が育つ環境にテニスを教えてくれるお父さんがいますからね。
ですが、本人がテニスをしよう、努力しようと思わなければ、たとえ環境が良くても上達はしない。結果は努力しなければ生まれませんからね。
さて、ここで1つ目のポイントです。
たとえば、このお子さんは最強のコーチであるお父さんとともにテニスプレイヤーを目指すことにしました。いつかお父さんを追い越すことを夢見て、必死に努力しました。その結果、高校のテニス部では何度も優勝しています。
そう、彼は「必死の努力の結果として、何度も優勝する力を得た」ということです。
ですが、周りの人たちはその彼自身の努力を見ずにこう思うでしょう。
「錦織圭選手の子どもなんだから強くてあたりまえだ」ってね。
たしかに環境の力も強いですが、何より努力を怠らなかった結果強くなれたわけです。
そして、その努力は誰にでもできます。環境が悪くても、それを補う方法を考え、必死に努力すれば、ここで出てきたお子さんにだって勝てます。
結果を出した人に対して、「才能があるからなぁ」と思うのではなく、その人が努力してきたことを評価してください。
そして、負けてしまった自分に対して、「才能がないからなぁ」と思うのではなく、なぜ負けてしまったのかを具体的に考えてください。
今までとは違う人の見方ができるはずですよ。
2:「数が多ければいい」というわけではない
ここで今回の本題である「数」について触れましょう。
たとえば、僕が100のスポーツを極めているとします。そして「あなた」は、1つのスポーツのみを得意としています。
パッと見て、圧倒的に僕の方が凄いと思いませんか?「数の多さ」で言えば、僕の方が多いですからね。
では、こうするとどうでしょうか。
僕の100のスポーツの中に、弓道とアーチェリーは入っていません。「あなた」の得意なスポーツは弓道です。
これから3日後に弓道の大会があり、2人で戦うことになりました。
1週間後に勝つのはどちらだと思いますか?考えるまでもなく、「あなた」です。
たとえ100のスポーツを極めたとしても、やったこともないスポーツを3日でできるようになることはかなり困難であり、特に弓道の場合、慣れないうちは恐怖心を抱きやすいですから、それを克服できるようになるための練習は必要不可欠です。
もっとわかりやすい例を出しましょう。
学校のテストが5教科すべて90点の僕と、歴史だけ100点で他の教科はすべて40点の「あなた」なら、どちらが評価されるかと言えば、おそらく僕でしょう。
ですが、僕が「テストの範囲を覚えているだけの人間」であるのに対し、「あなた」が「博物館によく行ったり、歴史的文献をよく読むほどに歴史が本当に大好きで、教科書に書いてあることはすでにすべて理解している人間」であるならどうでしょうか。
得意なものが1つしかなかったとしても、その1つを極めれば、それを極めていない人には必ず負けません。
だって100のスポーツを極めていて、全教科90点をとる僕にとっては、自分が極めていない弓道が得意であり、教科書以外で勉強するほど歴史が本当に大好きな「あなた」は尊敬の対象ですからね。
だから、自分の得意なことが全然なくてもいいんです。
何か一つでもあれば、自信をもっていいんです。「これは得意と言えるほどでもないな…」と思わずに、少しでもできることがあれば「得意だ!」と思っていいんです。
あとはそれを極めるために努力すればいいのですから。
3:1つの「アイデア」が全てを変える
ここまでは「得意なことの数」について説明してきました。最後は、「アイデアの数」についてです。
ここでも同様に例を出しましょう。
僕と「あなた」のもとに、彼氏とケンカして仲直りしたいと相談してきたAさんが来ました。
こういう記事を書いていますからね、僕は「あなた」より多くの改善策を考えられると思います。
僕が多くの意見を言うことで、「あなた」は「こんなに改善策を言ってもらえてるから、私の意見はいらないかな」なんて思ってしまうかもしれません。
そして「あなた」の意見がないまま、僕の意見によって1つの改善策をとることに決まりました。
結果として、Aさんは彼氏と仲直りできると思います。その可能性は高いです。
ですが、失敗する可能性もあります。
今回の相談者は女性です。女性同士でしか分からない悩みもあるでしょう。
僕が客観的な視点で考え、10個の改善策を見出したとしても、その悩みによっては10個すべてが無意味なこともあります。
それと同時に、あなたがたった1つの改善策しか見出せなかったとしても、それが女性としての経験や感性からくる考えならば、僕が思いつかなかったAさんを唯一救い出せる改善策になるかもしれません。
あるいは、改善策は思いつかなかったとしても、僕が見出した10のうちの1つにスパイスを加えることもできるでしょう。
人間は、100%の他人を理解することはできません。
考え方や価値観は十人十色であり、自分に合う人や自分を信頼してくれた人としか理解し合えません。99%の他人を理解できたとしても、1%の他人は自分には合わなかったり、自分と理解し合おうと思ってくれなかったりするものです。
だからこそ、もし今回のAさんが「僕にとっての1%」に含まれていたとしても、「あなたにとっての99%」である可能性だってあるわけです。
それなのに、僕の数多くの改善策の前に圧倒され、本来ならAさんを救えたはずの意見を言えなかったらもったいないと思いませんか?
1~3の段階すべてに共通して言えることは、「数」ではなく「質」が重要だということです。
どれだけ少なかったとしても、意見を言えば結果は少しずつ変わっていきます。
その意見が間違っていたとしても、言ったことで既存の意見に間違いがないかを考えさせ、より良いものにしています。そのことには気付かれませんがね。
無駄なものなんて何一つありません。
どんなに小さく、弱いものであっても、必ず意味を持っています。
それは「得意なこと」でも、「意見」でも同じことが言えます。
「数」に翻弄されることなく、努力し続け、あらゆる「質」を磨いてみませんか?
最近体育でエア圭が決まって興奮した「ひいろ」より