優しさのかたまり・下野さんと京響のベートーベン「田園」 | ナスターシャのブログ

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音楽、芸術、京都をこよなく愛します♪

 

聴いていて胸がいっぱいになる、

そんな、ずっと記憶に残るコンサートに、

きょう、行きました。

 

 

ベートーベンの9つある交響曲で、

どれが一番好きかと言われたら、

どれも好きですと答えたいところですが、

わたしはそう・・・・

ずっと、「田園」が好きでした。

好きです(現在形)。

ますます、好きになりました。

 

奏でられる音楽に感動しながら、

スルメのように、

曲の細部までを噛みしめました。

( ;∀;)

 

何年も前、聴き始めのころの最初は、

田舎や自然を描写している

音楽だとのんきに聴いていた時もありましたが、

ここ何年か、何度も聴くうちに、

そうではないように思えてなりませんでした。

 

きょうのプログラムの曲解説に、

「自然描写ではなく感情の表現」とありましたので、

膝を打つ思いでした。

腑に落ちました。

 

そして。

 

本日の下野さん指揮の京響は、

これまで聞いたライブでの田園では、

屈指の演奏だったと思います。

 

あまり今年クラシックのコンサートに

行けてませんが、

わたし的には本年ナンバーワンでした。

 

 

こんなにも隅々まで

「気」と「愛情」が行き渡っていて、

弦楽器や管楽器で次々とモチーフが

受け継がれていくのが目の前で

生き生きとバトンを渡しているかのようであり、

指揮者とオーケストラと客席の集中力が

あいまって、どうしようもないほどの、

きめ細やかな優しさに包まれた音楽のように、

思えて、なんだかずっと、涙がでました。

 

優しさに包まれた、というより、

やさしさそのもの、優しさの塊のような、

慈愛に満ちた、

見事な「田園」だったと思います。

 

オーケストラは16型でしょうか。

2管16型のようにみえました。

 

左手に第一バイオリン、

右手に第二バイオリンの、

対向配置です。

第一バイオリンの隣にチェロ、ビオラ。

 

プログラムの前半後半ともですが、

コントラバスはステージ後方に

ずらりと横一列という壮観な配置でした。

 

首席奏者・黒川さんの気持ちのこもった演奏に

いつも目や耳が奪われますが、

本日は指揮者の正面、

ステージ後方中央の位置ですから、

めさめさ目立ちますし、

視覚的にも聴覚的にも、

コントラバス群(田園は7本)が、

演奏の「要」を担っていたように思います。

(拍手も大きかったです)

 

 

田園。

1楽章の明るい展開部あたりから

なんだか、早くも胸がいっぱいになり、

最後までずっと、しみじみと感動して。

 

こんなにしみじみと泣けるという、

ベートーベンも京響も下野さんも、

この雰囲気を一体となって作った

お客さんも、みんなすごいって、

思いました( ;∀;)。笑

 

 

下野竜也さん指揮の京都市交響楽団

第638回定期演奏会(2019年9月21、22日)

の2日目、9月22日(日)、

京都コンサートホールです。

 

 

6年間、京響でポストにつかれていた

下野さん。

常任首席客演指揮者ですが、

今年度で任期を終えられるため、

この日が最後の定期演奏会となりました。

 

プログラムは次の通りです。

コンサートマスターは泉原隆志さん。

 

前半:

ブルックナー(スクロヴァチェフスキ編曲)

弦楽五重奏曲へ長調から「アダージョ」

 

モーツァルト

ピアノ協奏曲第24番ハ短調

独奏;ヤン・リシエツキ

 

アンコール バッハ「ゴルトベルク変奏曲」(アリア)

 

後半:

ベートーヴェン

交響曲第6番へ長調「田園」

 

 

前半は・・・

ごめんなさい。

 

なんだか集中力がなくって、

少し睡魔に襲われました。

長身で細い、

若いピアニストのリシエツキさんは、

きれいな音色でした。

 

「田園」。

 

正直いうと、

最初~2楽章途中くらいまでは、

ちょっと堅いというか、

表現が適切ではないかもしれませんが、

まじめすぎる演奏のように思えました。

 

1楽章の少し曲調が変わるところが、

わたしはとても好きです。

田舎風の、下向きに転がっていくような、

リズムのところです。

水車が回っているような、

そんなリズム、モチーフです。

リズム感をかんじます。

そして、広がりを感じます。

 

そのあたり、

曲を聴きながら少しづつ、

イマジネーションが広がっていくところが、

この曲の魅力です。

 

2楽章も、途中で、

よく耳慣れたモチーフが

聞こえてきます。

最後はナイチンゲールやカッコウの

鳴き声が聞こえてきます。

 

 

3、4、5楽章は続けて演奏されます。

 

3楽章。

民俗舞踊的な、

快活な音楽となります。

 

音楽の音量が上がってきて、

トゥッティでリズミカルに演奏されるとき、

ギアがぱっと変わったように、

エネルギーを巧みに放出していく、

下野さん&京響(&ベート―ベン)です。

 

イングリッシュホルンやフルート、

オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン、

トランペット、トロンボーンなど、

次々と音色が受け継がれたり、

色彩を与えていくところが、

j実に躍動的で魅力的です。

 

一体感を強めていく、

自然なオーケストラの呼吸を

感じます。

生命力の発露が素晴らしいです。

コントロールしているのは、まぎれもなく、

下野竜也のタクトです。

 

4楽章「雷雨と嵐」。

ティンパニの一撃が効きます。

フォルティッシモのインパクト大です。

 

オーケストラや作品自体から、

エネルギーが全開になっていきます。

 

客として座席で聴いていながら、

おいてけぼりにならずに、

音楽と同じ速度で、

自分の感情も乗せていけるような、

そんなシンパシーを感じる演奏であり、

リズムやテンポだったように思います。

より流れがナチュラル、自然だったのでしょうか。

 

冒頭で感じた堅さも、

いつしかなくなっていました。

 

目の前にあるのは、

生命が静かに躍動していくような、

生き生きとした、

しっかりと地に足のついた、

そしてオープンマインドな、

音楽です。

 

雷鳴、稲光、強風が

表現されます。

 

それが静まった、5楽章。

 

嵐のあとの晴れやかな情景です。

 

そして、また聴こえてくる、

どこか懐かしく、親しみのある、

メロディー。

 

何度も繰り返されて、

確実に終わりに向かっていきます。

 

時の流れや感情の変化が表現され、

終焉を、音符が形作っていきます。

 

「このまま終わってほしくない・・・」

 

と、聴きながら、

久しぶりにそんなことを思いました。

 

ずっとこのリピートが続いて、

幸せな気持ちのまま、

終わらないでほしい。

 

心からそう願いました。

 

が、音楽にはいつか、

終わりがやってきます。

 

下野さんとの楽しい時間も終わりです。

 

最後は音楽が調和に向かいます。

どの楽器も参加しているトゥッティですが、

個性がばらばらの楽器全部が参加したってこんなに

美しい調和が描けるんだと、

ベートーベンが物語っているようです。

 

この終結部は、

作曲家が、

音楽で描いた平和そのものなのかも、

しれません。

 

弱音のホルンで進められ、

最後は和音で終わります。

 

下野さんの振り上げたタクトが

頭上でぴたりと止まり、

数秒。

 

静けさが会場を覆いました。

 

タクトをおろした時、

万雷の拍手とブラボーに包まれました。

 

 

最後ということで、

市長からの花束贈呈や、

下野さんのマイクでの

ご挨拶がありました。

 

そのご挨拶も素晴らしかったです。

 

ポストは終わるけども、

京都市立芸術大学で、

指揮の指導を続けられる下野さん。

 

まだまだ京都とのご縁は続きます。

 

広島交響楽団音楽総監督も務める、

下野さん。

京都や広島、東京、どこの町にも

オーケストラがあり、

オーケストラは平和のシンボルだと

思っている。京響を引き続き、

応援してください、

といったような、温かいお言葉でした。

 

ユーモアをまじえながら、

自分らしくご挨拶される

下野さんの言葉に、

聴衆はじっと、耳を傾けていました。

 

最後に、もう一曲、

下野さんと京響からの

プレゼントがありました。

 

下野さんが「一番好きな」曲だったか

作曲家だったか、

フランスのプーランクの歌曲を、

自分でオーケストラにアレンジしたという、

曲を、演奏されました。

 

平和のために祈ってください、

といったような題名だったと思います。

 

美しい曲でした( ;∀;)。

 

午後2時半開演、

午後5時終演。

 

ロビーでのレセプションには

参加できませんでしたが、

多くのお客様が残っておられました。

 

いつまでも記憶にのこる、

音楽に心のこもった、

素晴らしい演奏会となりました。

 

下野さん、ありがとうございます。

 

またぜひ、

京響に客演でいらしてください!

(^^)/