宇宙(ソラ)の意志とともに…持病があっても幸せに生きる

宇宙(ソラ)の意志とともに…持病があっても幸せに生きる

スピリチュアルに生きるとは、自分を知るための旅路。
そうして気づきを得て、感動し感謝することの積み重ね…。
そんなことを綴っていきたいです。

こんにちは。ひろまるです。

 

何度か書いている「ちゃんと病」。

ちゃんとしてなくっちゃいけないと、思い込んで自分が苦しくなる状態のことを言っています。

 

で、そもそもね。

その、「ちゃんと」っていうのが、ものすごーく、他人ベースなんだよね。ヒトから見た自分。あれ?昨日も書いた??

 

私の場合、このちゃんと病は父から、色濃く受け継いでいる気がします。父は、いつもひと目を、体面を気にしていました。というか、それが父の生き方だったと思います。

 

そんな父が、パーキンソン病でだんだん動けなくなってきて、私も介護が大変なので、ヘルパーさんに入ってもらおうということになったのですが、父は、あまり乗り気ではありませんでした。

 

今思えば。

 

母の時もそうだったのです。母の介護は、父が主介護人、私がサポートをしていましたけど、その時も、ヘルパーさんを頼むことはしたくないようでした。

 

できることは無理をしてでも自分でやる、家族のことを他人に任せるなんて、気持ちが許せない、人を頼るのは、ちゃんとしてない人間のすることだ(←父の思い込み)。

 

あとは、近所のひと目もあったのでしょうね。あそこの家は、ヘルパーを頼んでいる…という、父にとってはレッテルを貼られることが耐え難かったのかなと思います。

 

ただねぇ。そのしわ寄せは、私に来るわけですよね。ヘルパーさんが入ってくれれば楽なところ、何でもかんでも、私に頼りきりでしたから。

 

さて。

今、父が生きていたらなんて言うでしょうか。私が、症状が大変だからヘルパーさんの利用を考えているということを知ったら。

 

やめてくれ…近所に恥ずかしいから。と、言うでしょうね。私も、頼むことを決心するにあたって、少し、そういう気持ちがありました。

 

ヘルパーさんが入れば、近所の人には、知られるでしょうから、私が、今、どんな状態かも必然的にカミングアウトすることになるでしょう。

 

でも、なんかいーや。と、思えました。

いい意味で、どーでもいいやと。ヒトから見られることに対して。

 

ヘルパーさんを頼むことは、私のが父から受け継いだ「ちゃんと病」もある面クリアにしてくれるかもしれません。

 

頼むことは恥ずかしいこと。という思い込みが、たぶん、今まではあったと思うのですけど、今は、なくなっている気がします。

 

等身大の自分。

いつでも等身大の自分でいたいです。

 

そうしたら、ちゃんと病もなくなっていくと思うのです。

 

 

聞いてくださってありがとう。。

 

(今日はポップな曲で)

 

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◎病気と私

今の自分を受け入れるため、また把握するため、病歴を綴りました。

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家族に対して、言いたくても言えなかったことをつづってみました。
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 ▼大人と子供の間で(中学校時代編)
 ▼人生の縮図を見る(高校時代編)
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