質問箱やツイッターでは、よく頭のネジが外れたようなクズ人間としての地位を確立しているが

 

実際に話した人は驚くと思うし、普段から絡んでくれている人たちからも好かれている。

 

だから、きっと俺のことを叩いてる人たちは俺の表面しか見ていない。

 

俺のことなんて、知らないで叩いているとしか言い様がない。

 

それが人間だから、やめろとも言わないし、やめれるわけがない。

 

人は”他人”で「自分の優劣」を測るからだ。

 

 

ナンパ師の凄腕さんや、社会的に立派に成功してる人はそういうのがない。

 

つまり批判している人たちは、俺のようなクズみたいな人間を叩いて「下には下がいるんだ」と安心したいことが多いのだと思う。

 

「こいつはとんでもないやつだ」というレッテルを貼って、俺のような「悪」を批判することによって、自分は正義だから、と安心したいわけだ。

 

そんな人たちの正義のためなら、別に俺は悪と呼ばれてもいい。

 

それが俺なりの正義だ。

 

だけど、その実、クルスという人間は質問箱でよく言われるような「感情のないマシーン」とか「人の痛みが分からないロボット的な思考」ではない。

 

単純に善悪の境界線が、他の人よりぼやけてるだけ。

 

それは何かって「悪に徹する」というよりかは、悪は誰かにとっての正義にもなりえるし、正義が誰かにとっての悪にもなりえるということを一度考えるから。

 

極論だが、例えばの話で

 

ナンパ待ちをしている女性が、声をかけられて内心嬉しいけど、ちょっといじわるで困ったふりをしてるとする。

 

それを見た熱血漢の男が「ナンパは悪だ!今すぐやめろ!」とナンパを制したとする。

 

ここまで聞くと、あんまり熱血漢に正義があるとは思えない。(あくまで俺の価値観だから、違う人もいるんだろうけど)

 

昔、友人がこんな熱血漢タイプのやつで少しめんどくさかった。

 

 

 

正義は角度で変わるもの、誰にも俺自身が「俺は悪人だ」と思わせるまで追い詰めることなんてできない。

 

俺は俺の正義を貫いてるだけで、それが大多数の、誰かにとっての悪になることも理解している。

 

一番厄介で、面倒なのは、外野からグチグチ言ってくるやつ。

 

もちろん口論になると、イライラもするし、汚い言葉になるのも分かる。

 

でも頭ごなしに外から見ただけで「こいつは悪い奴だから批判していいんだ」というのは正義も悪もない。

 

ただ流れに身を任せた受け身の思考停止人間。

 

「そういうのはやめたほうがいいよ(まあ俺には関係ないけどね)」

 

自分は安全圏から批判してくることの見苦しいこと。

 

興味がないなら、興味がないなりに関わらなきゃいいだけだろうに。

 

興味がないから、勝ち逃げできると踏んで人の心をズタズタにしていく子供のようだ。

 

まあ、ここまでの叫びが届くのも1割あればいい方なんだけど。

 

 

さて、こんなふうに書いてきてるけど、こんな俺にも悩みとか、葛藤とかそういうのがあるわけで。

 

実はなんだけど、そこらへんの人より、多く考えてると思う。

 

むしろ悩みやすいほう。

 

だから、上の方で書いたような、無慈悲なロボットってことはないんだ。

 

でも批判する人は俺のことなんか嫌いというか、そもそも興味がないから、こんなブログも読まないでしょ。

 

読んでないのに、どんな人間なのかを普段のツイートとほんの少しのプロフィール文とかだけで、全部分かった気になりやがる。

 

これが一番タチが悪い。

 

まあ、友達でもないやつに批判されたところで痛くも痒くもないんだけど。

 

おっと話が逸れた。

 

俺にだって、ずっと抱えてる悩みとか、そんなのは尽きない。

 

悩みが尽きないのが俺、と思ってた。

 

でも最近、そんな自分を払拭しようとしてる自分を感じる。

 

どこかで、俺は変わっちゃいけない人間だとも思っていた。

 

もちろん昔よりは変わったんだけど、そこから一歩また変わるためにはすごい苦痛を伴うのは、ナンパを始めようとする人はわかってくれると思う。

 

結局「いいわけ」が多いってことだった。

 

自分の言い訳なんて他人には関係ない。

 

そこにあるのは、やるのか、やらないのか、という非常にシンプルな答えであって、

 

「できないかもしれません」とか「やれるかわかりません」とかは全く関係がない。

 

世の中は至ってシンプルだ。

 

クズとして生きていて、、それでもまだ悩む。

 

俺はどこかで、自分の首を絞めていたんだ。

 

自分の手で。

 

 

ツイートにも書いたが、先日東京のクラスタさんと久しぶりに再会した。

 

前に俺の話を面白がってくれていて、今回は一緒に飯を食べるところからスタートしたんだけど、

 

ナンパだけじゃなくて、プライベートの同じ時間を過ごす中で、彼は特に本当にシンプルなことをやってるだけ、ということを思い知った。

 

 

自分の価値観を変えるには、違う人との輪に飛び込むしかない。

 

シンプルに自分の欲求に正直でいるところ、それが彼と俺の違いだ。

 

東京での即だとか、Lゲなんて何の意味もない。

 

俺はどこかで縋っていた。

 

このままじゃ終わりたくない。

 

どこかで「悩んでいなきゃいけない」と思っていた。

 

そんな価値観に縛られてた。

 

自分の生き方くらい自分で決めよう。

 

覚悟が足りなかった。

 

それだけ。

 

何度も何度も。

 

こういったブログや、ツイートに言葉を残しても、何も変わらない。

 

変わってないことはないけど、そんな緩やかなもんじゃ満足できない。

 

もっと、もっとだ。

 

クズと罵られても、生きていく

 

その覚悟を必死に追求して、必死に生きてってやる。

 

そして、そんな俺がいろんな人にその生き方を広めたら、

 

病んで自ら命を絶つ人も少なくなってくれるはず。

 

 

真面目に生きて死ぬより、クズでも生き抜いてたほうがいい。

 

俺の言うクズは、きっと皆の思うクズとは違うんだ。

 

 

まだまだ生き足りない。

 

もっと人間らしく生きていたい。