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2月27日
携帯電話のアラームが6時40分に鳴った。
カーテンを開くと、窓の外ではすでにバイクが音を立てて走っている。
僕はカンボジアにいるのだ。
少し早めにグラウンドフロアへ朝食に向かったつもりが、
かなり多くメンバーが既にそこにいた。
ビュッフェ・スタイルだが、メニューはかなり少ない。
ベーコンとチャーハンのようなものと、キャベツのサラダを食べた。
この日、まず僕らが向かったのはバサックスラム。
8時にホテルを出発して、バスで20分くらい走ると、
ついに遠くに子ども達の姿が見えた。
すでに行った経験を持つ大学生が到着を告げる。
音楽の力というのは素晴らしい。
見る人の感性に直接届き、言葉を超える。
僕のパートナーであるボーンリーも音楽班の演奏に聴き惚れていた。
そして、その演奏されている楽器が彼ら自身一人一人に届くと知ったときのうれしそうな、
しかし本当に吹けるのかという不安も含んだ顔。
目がキラキラしているとはこのことだ。
時間がそんなに多くなかったため、
三つの音の吹きかたを教えるので精一杯だったが、
ボーンリーの吸収力にはとても驚いた。
僕はスポーツ班に属していたから、事前にフリスビーやシャボン玉、
折り紙といった遊び道具をメンバーと買いに行き、現地に持ってきていた。
遊び道具を見つけると、元気な子どもたちは裸足のまま日向に飛び出し、
大きい女の子は折り紙、リコーダーの練習を楽しんだ。
素晴らしい時間がそこに流れていた。
ただ、その幸せなひと時の傍らで、蚊帳に入った、
生まれて四か月ほどの小さな赤ちゃんが息を荒くして眠っていた。
話に聞くと、捨て子だという。
僕らが来る前に子どもたちが近くで見つけて拾ってきたらしかった。
生まれつき、赤ちゃんの口は裂け、手は変形しているようだった。
僕はそれでも素直にかわいいと思った。
この赤ちゃんの母親だってきっとそう思っただろう。
もし病院に連れて行くお金があったなら行っただろう。
それまでこの地で見つけることのできなかった、貧困の実態を垣間見た気がした。
バサックの幼稚園を訪れて、彼らの言葉を教えてもらった。
発音が今まで知っていた言語と違い、難解だったが、
子どもたちは教え上手で、繰り返し、繰り返し、僕に数字と動物の名を教えてくれた。
物覚えが悪い僕が何度も発音を誤る度に、
彼らは呆れたように、白い歯を見せて大きな声で笑った。
楽しいひと時が終わり、別れの時がやってくる。
集合写真の後も、皆さぁ帰ろうとは思わない。
あまりに楽しかったからだ。でも出会いがあれば別れがかならずや訪れる。
バスの車窓から思い切り手を伸ばしてボーンリーにタッチして、
ふたたびプノンペン市内へ向かった。
セントラルマーケットはすばらしい。
物が安く、日本にない活気があふれる。
ブランド物の偽物を堂々と売る気の強そうな女性の売り子、
得体の知れない虫を売るおじさん、
とてもいいにおいとは言えない生魚のにおい。
エキゾチックなそれらをすべて見て、感じるには一時間というのはあまりに短かった。
僕はブランド物の怪しい香水を4ドルで買った。
そのあとに訪れたソリヤデパートは、カンボジアの最新ファッションの中心で、
プノンペンの裕福な若者がたくさんいる。
最上階にはローラーブレード場と展望台があり、
人気スポットのようだった。
ゲームセンターにも行ったが、やりたいゲームは少なかった。
その日の夜はミーティングの時間が設けられた。
ホテルのロビーで椅子を丸く囲って
それぞれが今日一日の中で
感じたことを三分くらい言い合った。
僕はバサックで感じたことを打ち明けた。
誰も何も言わないし、茶化さない。
でも、自分の言葉すべてが
皆の中に浸透していくのを感じる
水道水が飲めないカンボジアの二日目がおわった。
