「漫才の定義」について多くの意見が飛び交っているパンチ!



恐らく、切欠はM-1グランプリ2010のジャルジャルとスリムクラブのネタに原因があると思われるひらめき電球




さておき演劇の脚本は、
登場人物、物体、色調、空気、価値観などの全を作家さんが頭の中で描いた世界。だから、演劇の世界に一般常識は存在しない。ここが重要な点である。


つまり、演劇は脚本家の頭の中の世界観のみが絶対だと言う事だ!!べーっだ!




しかし、漫才の世界(ストーリー)には前提として必ず一般常識が存在する。その一般常識を盾にツッコミ役がボケ役を責め立てる。




ここで、漫才にも触れておくにひひ


漫才は、前提として必ず話の内容と一般常識を比較しながら、やり取りが展開される。だから、ボケ役の一般常識にそぐわない点に対して、その都度ツッコミ役は訂正する。
その訂正した所が、視聴者の笑い所となる。




また、この一連のボケとツッコミのやり取りの内、ツッコミのセリフについては、視聴者の頭の中で、同じようなツッコミがなされていることが多い。
その視聴者が、頭の中でなされる処理をツッコミ役が大声を上げて強調することによって、共感のような形で笑うのやと我は考えている。



と言っても、最近の笑いは進化し続けているので、ボケとツッコミの一連のやり取りを視聴者が瞬時に、頭の中で処理出来ない事を利用する形の笑いも増え続けているのも事実である。






続く・・・