一昨日の日曜日はオイラの親分
大工の親方の一周忌だった。
親分は素敵な人で、俺が年明けしてから20人以上弟子を育てたそうだ
内弟子といって住み込みの弟子は私を含め後に、ケンジ・セイキと2人しかいない。
親分は高知県仁淀の生まれで、トッパだが優しく、しょうもないことにこだわらない親分だった
姉の紹介で弟子入りすることとなるのだが。
30数年前JR六甲道の駅前
2月か3月、俺はベンチで弟子入りのタメ、
冷たい駅前のベンチに座り、16・7の赤髪のクソ餓鬼は待っていた。
目の前を静かに茶色のアメ車が止まる。
マーキュリークーガーやネン!
こうじか? まぁ乗れと言い俺は車に乗り込んだ
そこから
また人生が変わってんケド?
大工になったら車に乗れる!
ピンクのシャツに緑のパンタロンそんなわけわかめのセンスの親方だったが?
もの凄く素直な私は親分の元、必死に精進し働いた
親分と奥さんは私の姉と私をかってくれていた。
だから
長女は私の姉の名前、長男は私の名前を付けた。
親分のもとを離れ、20数年たた
景気の悪化と自由な暮らしを求め、恥を忍んで親分に電話した
こうじか?
ほんなら明日から来い! すぐウェルカムやった
数年で俺はまた飛び出してんけど、
え~歳になっているので親分とは連絡を取り合ってた。
親分は癌の末期で入院しているとき
俺も膵炎で入院していた
こうじちょうどえ~ワヤ、隣のベッドがアイチュウ
おまえ隣にこいや なんて話をした。
親分の一周忌 たくさんの訪問者がきた
一礼だけで帰るつもりが親分家族と一緒になり訪問者を見送っていた。
一番 最後の弟子っこと話をした
奴はちょんまげで20cmほどのあごヒゲ伸ばしていた。
そいつは俺にほんと自由そうですね?雰囲気でわかりますって言った
だから
親分は昔から自由やタ
再会したときに「こうじ」なんでも食うていけたらえ~ねんゾ!
パチンコで勝ち続けれるならそれでえ~んヤ!
そのころ親方はパチンコで勝っていた。