涙が止まらない。
人目の中、涙することも少なくない。

泣き虫と言われた小さい頃を思い出す。
高ぶる感情を抑えきれないだけなく、
嫌なことを拒否するためにも涙を利用していた。

いじめがあったわけでもなかった。
いじめに発展する前に、涙で自衛してた。

泣かない日を数えていたこともある。
2日か3日に1度は泣いていただろうか。

いつからか、泣かなくなっていた。

無関心がルールの大人の東京で、
世間の関心を引くために泣きたかったのだと気づく。

そしてまた、涙で人の関心を引いている。
会社を休んで3日目になる。
いずれ辞める会社だ。
有給の消化が早まっただけ。

人生の消化が早まっただけ、と達観する日が来るだろうか。

睡眠がうまくとれず、頭がぼーっとしている。
日中も薄暗いマンションが余計に時間感覚を奪っていく。

もともと仮住まいに選んだ賃貸マンション。
来月には竣工する高級マンションへの移転のため、
1年だけと決めた、気に入らないマンションだ。
いまどきコンビニも近くにない。大きな通りの近くで空気も良くない。

その点、新築の高級マンションは、
美しい外観にコンシェルジュ、マンション内にジムを抱え、
東京でも高級と言われる立地にある。
眺望も採光も申し分ない。

人よりも多めのコンプレックスを少しずつ解消し、
この社会で誇れる財産を少しでも多く築くための僕の人生。
その道筋にある何個目かのトロフィーだ。

トロフィーを獲得したら皆の見えるところに、
しかもさりげなく飾っておく。
思惑通り声を掛けられた僕は照れ臭そうにはにかむ。
たいしたことはない。自慢するほどのものではないんですよ。

トロフィーを飾る棚を見上げる歳老いた僕はどれ程誇らしげであろう。
今の僕の目には、錆びかけた過去にすがる衰弱した自分が映し出され始めている。
さわやかな陽気だ。
オープンカフェでお茶が楽しめる季節。
昨年の秋もこんな陽気が続いた気がする。
その前はもう思い出せない。
いや、天気などあまり気にかけたことがなかったのかもしれないし、
思い出そうとしていないだけかもしれない。
もともと過去のことは忘れやすい性格だ。

こんな天気でも、暗い部屋に閉じこもっている。
昨日から熱っぽい。
今おかされている、おかされはじめている病気のせいかもしれない。

今日は朝からついていない。
体調が悪いせいで、車で保健所へ向かった。
途中右折し損ねて、交差点で立ち往生する。
保健所の近くに駐車場が見つからずに、何度同じ場所を回ったことか。
まだ乗って間もないBMW1シリーズも、何か聞いたことのない音を立てている。

「ついていない」などという表現も自分らしくないと思う。
理系のせいか、合理的ではないことは受け入れ難い。
ただ、人生には確率論的に、「ついていない」が繰り返し起きて、
「ついていない」と分類される日もあるのであろう。

保健所では、いつも高鳴る鼓動。
念のため陽性を覚悟するが、いつものとおり問題ありませんと言われる。
HIVに感染するなど、やはり現実味を帯びていない。
無論今日もいつも通りのプロセスを踏むだけだ。

やはり今日はついていない。

形を持たない絶望がに突然頭上に落ちてくる。
所員の言葉も耳に入らない。

家に帰るまでの道のりは覚えていない。
過去のことは忘れやすい性格だから。