インドでは雨期の間、仏教僧が外出が不便なことと、繁殖するいのちを踏み殺す殺生を避けるため、室内で修業しました。これを安居(あんご)といいます。それにならって安居会法座といいます。以前は近隣共同で手作業の田植えをしていた頃、集落の田植えが全部終わった時、「泥落とし」といって休日し、温泉湯治に行ったり、食事会をしたりして心身の休養を取りました。
その時期にお寺で法座(説教)を開き聴聞をしました。安居会法座のことを「泥落しの聴聞」とも言っていました。心の泥をおとすという意味も込めていたようです。
最近は農業も機械化され、各家が都合の良い時にしますので、農作業を通じての会話、食事やお茶の時間の共有もなくなり、ちいいきの日地人の交流も稀薄になりました。絆(地縁)を見直したいものです。
