上杉隆 著 「ジャーナリズムの崩壊」を読んでから頭の中から離れない文章がある。
書の多くを割いて述べた「ジャーナリズムの崩壊」は日本の記者クラブ制度がいかに本当に意味での「ジャーナリズム」の足かせになっているかということが印象に残っているのではない。
忘れられないのはニューヨークタイムズが新聞記者として、あるべき姿を述べた<Rules of the road>の五つの文章である。
・ 多様な価値観を受け入れろ
・ 責任は受任すべし、だが権威は委任すべし
・ 常に大局的に捉え、ユーモアのセンスを忘れるな
・ ジャーナリズムは神聖不可侵のものと心得よ
・ カネの亡者となるなかれ
全て納得させられる内容だが、3つ目に注目してもらいたい。
神聖不可侵なものにユーモアを持って取り組むことに驚いた。(実際にニューヨークタイムズが面白いのかは私は知らない)
日本の新聞記者個人がユーモアに溢れているかは別として、日本の新聞記事にユーモアのカケラも見当たらない。強いて言えば、読者投稿の川柳コーナーくらいだろうか。
日本の新聞がユーモアに富んだ面白い紙面になってもらいたいわけではない。しかし、日本の新聞記者も方針としてユーモアの精神を持って取材しても良いのだ、という気持ちがあっても良いと私は思う。そういった精神を持つ(無意識的に心掛ける)ことで、取り組む物事の事象を今までと違った目線で見ることができるのではないだろうか。そういったちょっと、視線そらした先に思わぬスクープが転がっているなんてことがあるかもしれないと思った。
社の方針としてユーモアを持つことを掲げているニューヨークタイムズがうらやましいと思ってしまう。しかし、隣の芝は青く見えるなんてことわざのように、今日のアメリカのジャーナリズムにも問題がきっとあるに違いない。調べてみたいと思います。