一人暮らしの母がとうとう老人ホームに入れられてしまいました。


来年の3月の終わりには、90歳なのだから、仕方ないことかも知れませんが、何の前触れも無く、入所は姉が決定し、ツアー中に大阪で、知らされ、下関に帰ったタイミングで、入所を手伝いました。

ひとに必要以上に気をつかう母なので、足腰が丈夫なうちは、一人暮らしをしていたい。それが一番気楽だからと本人の希望を尊重してきた近くに住んでいる姉でしたが、ここ最近だけでも、何度も転倒して、しかも転倒したことを黙っている。

心配を掛けたくないから黙っている訳ですが、週三回のデーサービスで入浴させて貰うので、青あざだらけですぐバレる。すると、姉にヘルパーさんから、報告が行く。

これが、最近頻繁におこり、姉も一人暮らしは限界だと言うことで、ホーム入所と成った訳ですが。


ホームの方々、運営する方々も、それぞれの立場で一生懸命やってらして、決して悪意があったりする訳では無いし、そのことはちゃんと理解している積もりなんだけれども。


いや〜ホントに居室、殺風景!お食事のお部屋、大人数で詰め詰め!

入所した翌日の朝6時、何の説明も、前触れも無く、オムツを替えるから濡れてないか見せろと職員が回って来て、下半身を露出させられたとの事。

母は、大変にショックを受けていました。

いきなり見ず知らずの人間に、下半身を露出する事を強要されれば、誰だって嫌ですし、第一母はまだ、オムツでは無く、パットを当てているだけです。何故、その説明も、確認も無いのか。
その辺りが、今の日本全体の、色々な場面で、起こっている、無作法かな〜  と言う想いを強くもってしまいました。

その、相手の立場に立って物を考える、感じてみる…は、基本的には、当たり前の事であって、
それが成されないからこそ、殺伐としたストレス社会が形成されてしまっているのだろうな…とか。

つい、広い範囲の事にまで、想いが及ぶ事でありました。

私自身の自戒もありつつも、自分の、平気 は、
人の 平気 では無い…と自覚しながら。

社会のある目の前のシステムだけに、マインドセットしてしまったが故に、ひととして、同じ人間として…の大切なポイントを逸脱して、無機質な
殺伐が普通に成ってしまう。

しかも、その当人は、その事に気づいていないし、性格や性根が悪い訳では無く、むしろ善人だったりする場合が多いのだけれども。

これは、つまりは、一人ひとり、自分と他者は、別物。繋がりの循環には無頓着。と言う集合潜在意識の表れなんでしょう。

色々な弊害ありますね〜 この意識は。
イジメなんてのも最たるもんだよね〜

だけど、ひとに無頓着は、つまりは、自分に無頓着なわけで、全ては繋がっていますから。

自分自身を大切に扱っていられる環境とか現実にいないひとが多いからひとに対して大切な事が平気で欠落してしまう…忙しすぎ?なんですかね。


自分を大切に愛する許す信じる。
つまるところ、それぞれにこれしか無いかな!
{20DDB669-AC45-431F-B2E3-7086B706B613}

ツアーの中の楽しい楽しい楽しい仲間との一コマ