先週の話なんですが、
小学校の教員をしている友人との話で
面白い事例があったので共有したいと思います。
2年生のクラスで
『伝言ゲーム』をしたそうです。
耳打ちを繰り返して伝えていくと内容が変わってるというあれです。
それがまぁ面白いように合わない。と(笑
まず一つは、
いたずら好きの子が途中で意図的に改ざんしていることもあるようです。
なんだか妙にニヤニヤしたりしてるので端から見ると丸わかりだそうで(笑
子供って本当に面白いですよね(^^
「いまここ」を生きている数少ない人間です、見習うべき所は本当に多いです。
話を戻しましょう。
そしてもう一つには意図的な改ざんがないのにも関わらず
なぜか大きく食い違う場合。
単純な文にもかかわらず、です。
でもこれって、こういうゲームだから露呈して笑い飛ばせますけど、
日常で起こっていたらなかなか笑えないですよね?
なんですが僕らの日常の中でも実は頻繁に起こっていることで、
このせいで、本来は必要ないもめ事とかが起こったりしているわけです。
例えば伝言ゲームで言えば
『猿が木に登った』という文があったとしましょう。
この『木』でイメージされるモノが人によっては
大きな針葉樹かもしれないし
切り株かもしれないし
角材の様な木の棒かもしれません。
「木」という言葉から個人によってイメージは
無限の可能性が出てくるんです。
それぞれの「木」のイメージによって
とうぜん猿の行動も変わりますよね?
針葉樹であればスルスルと
木に登るイメージが出ることが多いかも知れませんし、
切り株だと「登る」というよりは「立つ」に近いかも知れません。
角材になると「登る」より「掴む」イメージかも知れません。
人によって言葉のイメージや概念は様々なので
イメージしたものによって伝言の内容が徐々に変わってしまっても
無理のない話ですよね?
「登る」が「座る」に変わればイメージする情報は全く違いますから。
で、重要なのは
こんなふうにみんなそれぞれ自分の中の概念をもって生きていると言うことです。
参考記事:相手を理解すると人生が変わる
参考記事:相手を理解すると人生が変わる~不快について~
でも話したように
「理解」
というのは人間関係においてもの凄く重要だと思うんです。
そのためにもまず、
・相手がどういう概念を持っているか
・この言葉でどんなイメージを持つのか
・相手はどう感じるのか
そんなことに思いを馳せることが重要かなと思うんです。
よく
「相手の立場に立って考えなさい」
というようなことが言われますが、
「自分が相手の状況だったら・・・」
と考えるのではまだ足りない・
「相手にとって、今の状況はどうなんだろう?」
という問いが
本当の意味で相手の立場に立って考えるということではなかろうかと思うわけです。
そうすれば、理解の可能性はどんどん増えていくんじゃないでしょうか?
相手の立場に立って考える
そもそもの土台の概念が違う思考を汲み取ろうとするのは
なかなかに難しいし、苦しいことかも知れませんが、
意識して行きたいですね(^_^
ではでは。
