お久しぶりです。
深く考えることが多かった
最近なのですが
自分はなにがしたいのか
と考えた時
ここ3年間位ずっと
ころころ変わっているなと
感じました。
僕もまだまだ若いですが
若い時期は
知らない事が多いから、
興味を抱いた物の殆どが
良く見える。
だから若い時は
コレよりあれがいい
と思う事の繰り返しなんだと思う。
自分はその繰り返しを今まで
いっぱいして来た。
それに僕は
飽きっぽくて、
単純で、
熱くなると人の言う事を
聞かなくなる。
だからこれがいいと思ったら
それに対して走り出して
違う物が見えたら
それに対して方向を変えて
また走り出す。
すごい中途半端だった。
今思うとすごく恥ずかしく思う。
買い物に行くとよく
コレ今安いんですよとか、
コレ限定であと~個しかないとか
高いものみてると
お目が高いですね。とか、
そんな店員の口車に乗せられて
今思えばそうでないかもしれないけど
学生が買えるようなものじゃない
高価な物を
いっぱい働いて得た金で
いくつも手にしてきた。
なにが言いたいかって言うと
別に高い物を買ってきたことを
自慢したい訳じゃない
『自分は誘惑に弱い』
ってこと。
そしてその誘惑の弱さは
前の僕なら
信じた物に対していとも簡単に
心を揺らがせる。
あくまで前までの話だが
哀れすぎる
昔から自分は
よく人を疑う癖がある
その癖が今話したような
弱さをあおいでいたのかも知れない。
信じ抜くと言うのは
孤独である。
なぜこんなことを言うかと言うと
信じることは
周りから共感を得る物のあるが
逆に全く共感を得ない物もある。
その全く共感を得れない物を
1人で信じて抜くというのは
とても孤独であるんじゃないかと、
周りは自分のビジョンや理想を
他人と共有出来ないと
その人間から一瞬にして
去る
それでも信じ抜くのが孤独
ってこと。
そう簡単に出来る事じゃない
けどこれが出来なくては
起業家になるには話にならない
ではないかと。
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