私たちが「考える」とき、その働きはすべて脳の中で起こっていると思われがちです。
しかし、ルドルフ・シュタイナーの精神科学は、人間の思考をそのような単純な機械的現象としては捉えません。
人間は、
肉体だけの存在ではない。
その背後には
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生命を支える エーテル体(生命体)
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感情や意識を担う アストラル体
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自己意識である 自我
という多層的な存在構造があります。
そして興味深いことに、
脳と神経は主にアストラル体と結びついているのに対し、腺系はエーテル体の道具として働くとされています。
その中心に位置するのが、
喉の奥に静かに存在する小さな器官 ― 甲状腺です。
世界への「関心」を生み出す器官
19世紀の医学では、ある奇妙な現象が知られていました。
甲状腺を失った人間は、次第に精神的に鈍くなり、
周囲の世界に対して無関心になっていくのです。
逆に、動物の甲状腺エキスを与えると、
その知的能力が回復することもある。
当時の唯物論的医学はこれを見て言いました。
「ホルモンが知性を生み出すのだ」
しかし精神科学はまったく違う視点を示します。
甲状腺を失った人が失うのは
思考能力そのものではない。
失われるのは
世界に対する関心
なのです。
人間は対象に興味を持つからこそ
それについて考えます。
もし世界への関心が消えてしまえば、
思考そのものも静かに眠り始めます。
甲状腺とは、
人間が世界へ心を向けるための
霊的なアンテナ
なのです。
ヨウ素が結びつけた「魂と身体」
甲状腺にはヨウ素が集中しています。
この元素は、精神科学の観点から見ると
単なる化学物質ではありません。
人類の進化の遠い過去、
人間のエーテル体はまだ完全には肉体の中に定着していませんでした。
魂の生命力は、
まだどこか宇宙に半ば開かれていたのです。
そのエーテル体を
物理的な頭部の中へ完全に引き入れた力
それがヨウ素でした。
もしこの結合がうまくいかなければ、
エーテル体の頭部は身体の中に完全に入り込めません。
精神科学では、クレチン病の患者を霊的に観察すると
まさにそのような状態が見えると言われています。
エーテル体の頭部が
物理的な頭部の中に完全には宿っていない。
その結果として
身体の成長や精神の発達が妨げられるのです。
甲状腺 ―「もう一つの思考器官」
さらに興味深いことに、
シュタイナーは甲状腺を
「退化した前頭葉」
として理解できると語っています。
脳の前頭葉は思考の中心ですが、
人間が言葉を持つ存在へと進化する過程で、
その機能の一部は喉の周辺へ移動しました。
甲状腺はその変態の名残なのです。
つまり人間には
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頭の中の思考
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胸の生命と結びついた思考
という二種類の思考があります。
甲状腺は
胸の生命と結びついた「第二の思考器官」
として働いているのです。
だからこそ、
言葉・呼吸・感情・思考は
深く結びついています。
病気とは「霊と身体の結びつきの乱れ」
精神科学では、
甲状腺の病気を単なる化学的異常とは見ません。
その根本には
エーテル体と肉体の結びつきの乱れ
があります。
もしエーテル体が身体に十分に宿らなければ
発達遅滞が起こる。
逆に、物理的な力が強くなりすぎれば
器官は退化や変性を起こします。
人間の健康とは
霊と身体の調和
なのです。
言葉は器官を変える
甲状腺が喉にあるという事実は、
もう一つの秘密を示しています。
それは
言葉の力
です。
シュタイナーは、特定の言葉や音を
歌うようなリズムで繰り返すことによって
甲状腺の肥大が変化する可能性を示唆しました。
音声は単なる空気振動ではありません。
それはエーテル体を動かす
生命のリズムなのです。
植物の生命力
また精神科学は
植物を単なる薬草としてではなく
生命の力の担い手として見ます。
秋に咲くイヌサフランは、
一度死んだように見える生命を
再び呼び起こすようなプロセスを持っています。
この生命のリズムが
人間の内部に働きかけるとき
死んだものが再び生命化する
力が呼び覚まされるとされています。
その力は、
甲状腺にまで届くとシュタイナーは述べています。
人間は「世界と出会う存在」
甲状腺を通して見えてくるのは、
人間のもう一つの姿です。
人間は
世界をただ認識する存在ではありません。
世界に
関心を持つ存在
なのです。
そしてその関心は
単なる心理現象ではありません。
それは身体の奥にある
小さな器官によって支えられています。
喉の奥で静かに働く甲状腺は
魂が世界へ向かうための門
なのかもしれません。