まもなく3・11震災から1年です。この1年あっという間でした。
しかしそのときの記憶はまるで昨日のことのようです。
私はちょうどそのとき東京中野で10階建てビルの9階にいました。
最初、下からドーンとつきあげるような感じがあって、会社の他のメンバーと顔を見合わせて、
「これやばくない?」っていってた途端、かつて経験したことのない大きな横揺れが来ました。
なにかとんでもないことが起こっている感じがしました。
揺れの中で会社の本棚は倒れて本が散乱し、机の上のデスクトップPCも倒れました。
すぐに机の下に潜りましたが、それでも机の脚につかまっていなければ体を固定できないくらいの揺れがどのくらい続いたでしょうか。
一瞬本気で「このまま死んでしまうのだろうか」と思ったほどでした。
エレベーターは停止しています。その後も断続的に大きな揺れが続きました。
携帯のワンセグでは東北一帯に大津波警報が出ています。その時点で東京直下の地震ではないことがわかりました。
しばらく呆然としていましたが、ラジオやワンセグでしだいに状況がわかってきました。
首都圏の交通は完全にマヒしていて。近くの幹線道路は車道を歩く人であふれていたそうです。
自宅までは電車で1時間40分ほどの通勤時間なので歩いて帰ることはまったく不可能です。
これは帰れないと思って、ちかくのみんなのコンビニに弁当を買い出しにいったのですが、おそらく
もうちょっとその判断がおそかったら食べるものもなかったのではないかと思います。
まさか自分がそうなるとは思いませんでしたが、帰宅困難者に確定です。
その後津波の被害がだんだん明らかになってきました。最初数百人の犠牲者が出ているという報道でしたが、
町や村がまるごと津波に飲み込まれた映像を見て、これはそんなものじゃすまないと思いました。
電車が動き出したのは深夜2時くらいだったでしょうか。ものすごい混雑で、降りるときに「おりまーす!」と
全力で叫ばないとおりられないような状況でした。みんな「降りる人いるぞー!」と声を掛けあっていました。
新宿駅は入場制限され人であふれていましたが、みんな案外冷静でいるのにもびっくりしました。
騒いでいる人はいなかったです。携帯での通話はまったくつながりませんでしたが、ネットやワンセグなどで
情報が得られたからかもしれません。
パニックになっているわけでもないし、それを見ていると「日本はまだだいじょうぶかな」と思ったのを覚えています。
たぶんこんなことは人生で一度経験できるかどうかなんだと思いますが、もう2度とあんな経験はごめんです。
犠牲者の方々のご冥福をお祈りします。



















