9日、私の柳井地域の初代後援会長を務めて戴いた貞永秀雄氏が享年88歳でご逝去され、本日(12日)葬儀が行われました。貞永会長のご逝去を悼み、心からお悔やみ申し上げます。
貞永会長とは、今から14年前、私が衆議院議員初当選をした際、今は亡き塗師田(ぬしだ)英雄さんのご紹介で初めてお会いさせて戴きました。私を含めて3人の「ひでお」が揃ったと言って喜んで下さり、貞永秀雄氏が、私の柳井地域の初代後援会長となって下さったのです。柳井地域では、当時、私の政治的基盤は全くと言っていいほど無く、しかも、民主党という存在がほとんど認知されていない状況の下で、貞永会長が、あえて私の後援会長になって下さったことは、私にとって無上の喜びでした。
貞永会長は、柳井地域では、柳井市議会議長も務められた大物政治家として、その正義感の強さ、義理人情の厚さは、つとに有名な方でした。政権交代選挙の前哨戦として全国的に注目された6年前の衆議院議員山口第2区補欠選挙で、私が今は亡き山本繁太郎・前山口県知事と戦ったとき、同じ伊保庄出身の山本繁太郎氏からの支援要請に対して、「私は平岡さんを応援してきた人間として、筋を通していきたい」と言って、断腸の思いで私の後援会長を続けて戴いたのです。山本繁太郎氏の父君・真太郎氏は、「ひでちゃんが言い出したら、聞かんからのう」と言って諦められたそうです。感謝の気持ちでいっぱいです。
現在の柳井市長・井原健太郎氏が厳しい市長選を戦って市長になれたのも、貞永会長のお蔭だと思っています。当時私の柳井地域を担当する秘書であった井原氏が、「柳井市長選挙に挑戦したい」という自らの思いを貞永会長に伝える場面に私も立ち会いました。井原氏の言葉をじっと聞いておられた貞永会長は、「思い切りやりなさい。私も応援をする。」と言われ、井原氏の市長選への挑戦が決まったのです。
井原・柳井市長にとっても、私にとっても、政治家としてだけではなく、人としてのあるべき心構えを教え支えて戴いた貞永会長がご逝去されたことは、残念至極です。貞永会長のご恩に心から感謝し、ご冥福をご祈念申し上げます。
(了)