いつまでも晴れそうにない曇り空
いつまでも終わりの見えない長い戦い


誰にも相談できず、考えることさえやめていた大きな問題に、今日、一つの光が見えました。


その光は、今まで人生で経験したどの光よりも、明るく、心強く、信頼できるものでした。


その光は、私一人では決して逃れることができない呪縛から 私を解き放ってくれるものでした。


そして、その光を私に与えてくれたのが、私の人生のsoul mateであるangelでした。

私は初めてangelの前で涙しました。


その涙は私の心の中にひっそりと でも確実に佇んでいた苦悩の箱を溶かしてくれました。


私はこれで前に進むことが出来ます。

私はこれで世の中を幸せに出来る人間に一歩近づけた気がします。


勇気を与えてくれたmy angelに心から感謝したいと思います。



私はこの日を絶対に忘れない。。。


グランドピアニスト

セガトイズから発売されているグランドピアニスト を衝動買いしてしまいました。

ボクは楽器経験がありませんので、(ピアニカくらいかな?)詳しいことはわかりません。

鍵盤自動演奏のため、最初はカタカタという音が少し気になりましたが、
よくよく考えれば、その音が無ければCDで音楽を聴けばいいだけの話。
この音自体に価値があるんですよね。 
アナログな感じがGOODです。



昨晩はワインを傾けながらwifeとディナーを食べました。
なんとなくリッチな気分ですね。


お気に入りの曲は、


・ノクターン
・いとしのエリー
・戦場のメリークリスマス

ですかね。


我家のoften-used goodsになりそうです。

最近は他人の子供を叱る大人が極端に減ってきたと言われます。
下手によその子を叱れば、その子の親に逆恨みされたりもしますし。



さて、前回の神社の寄付の話に戻ります。


例えば、
近所の子が神社の塀に落書きをしていたとします。
地域の皆で寄付をした神社ならば、それを見かけた近所の叔父さんが必ず叱ってくれます。
そして、両親も「皆で寄付をして作った大切な神社の塀に何てことするの!」と筋の通った理屈で子供を叱ることもできます。
この例は非常にミクロ的な話ですが、この理屈はマクロの話に展開できるのではないでしょうか。
健全な社会性は、このような小さい頃の実体験等により、少しずつ身につくと思います。

こう考えると、神社への10万円の寄付も捨てたもんではありませんね。



最近では、給食費すら払わない親すらいるようですしね。
経済的な理由で払えないならば仕方がないですが、実体は違うようです。
そんな親の子供に健全な社会性を期待することは難しいでしょうね。
社会の崩壊が確実に進行しているように感じてならない今日この頃です。

正月に親戚まわりをしていると、いろいろな昔話等を耳にします。
小さい頃は「年寄りの昔話」くらいにしか思っていませんでしたが、
今思うと、大切なことだったな~と思います。


今日おじさんが、酒を飲みながら、こんな話をしていました。


・近所の神社を改築するために地域で寄付金を募った
・その際、寄付金の額は「任意」ということだったが、
・隣近所よりも、金額が多くてもいけないし、少なくてもいけないし ということで
・結局、ある程度相談し、最大公約数の10万円をひとつの基準とした


こういう一連のプロセス、現代の都会からは無くなりつつあるでしょう。
経験することは難しいと思います。

また「神社のために10万円も出すの??」と思う人も多いのではないでしょうか。



人を人足らしめるには、いくつかの芯(または軸と言ってもいいかもしれませんが、)が必要です。

芯の例としては、


家族
親戚
地域
学校
会社
天皇?
国家


よく「一番の基本は家族」といいますが、
それは、家族の芯である両親が「ある程度健全な場合」に限定されます。

そして、「健全な両親」は、その両親からだけではなく、地域社会や会社で長い年月をかけて熟成されます。
冒頭のような経験無しに「健全な両親」が形成される確率は低いと言わざるをえません。



確かに近所の寺に10万円を寄付するよりは、自分自身にあるいは子供にお金を使いたいと考える人が多いかもしれません。

いったいどちらがいいのでしょうか?


つづく

藤戸石


藤戸石


「この石を手に入れた者は天下を手に入れる」

と言われた石だそうです。


信長によって京都に運ばれました。

その後、秀吉の手で京都の醍醐寺の庭に置かれ、

藤戸石の名で知られています。



2007年になりました。
新年明けましておめでとうございます。


今日は、家族で初詣に行ってきました。
昨年、娘のお宮参りに行った神社です。
とても混んでいて、寒い中1時間も並んでしまいましたが、
元日に祈願・報告ができ、一安心です。



昨年、お蔭様にて仕事面で非常に充実した時間を過ごすことができました。
臨床向けの医療機器の企画で、日本全国の病院を回り、多くのドクターの意見を聞けました。
また、各種学会ににも参加し、癌治療の最新事情を知ると同時に、ドクター達の熱い議論の様子も見ることができました。
今年は商品化に向けてさらに前進したいと思っています。




家族面では、娘が健やかに成長し、家族中、明るく過ごすことができました。
「子は鎹」ですね。
ボクが留守の間、家を守ってくれた「わいっふぃんぐ」にも感謝です。



昨年の元旦の自分の記事 を再度読み直してみました。
概ね目標に沿って生きることができましたが、家族の長期入院などもあり、母にお茶を教わることはできませんでした。
が、健康の大切さを教えられました。
最近病院に行く機会が多いですが、健康で仕事をさせていただけることは本当にありがたいことだと思います。

この現状に感謝しつつ、今年1年も邁進したいと存じます。

本年もよろしくお願いします。

こないだ部長が意地悪なことを言っていました。

マーケティング理論などを振りかざし、綺麗なPPT資料等で人を説得する人を目の前に、いわく



「で、○○さんは、今までにどれだけの商品を企画しましたか?その結果は、何本成功して、何本失敗しましたか?」


だいたいこの質問をすると、皆さん黙ってしまうようです。

それはそうですよね。こんなの誰だって黙ります。



商品を企画し、世に出すということは、いくら頭で考えても実現できるものではないでしょう。
やっぱり現場での泥臭い経験がモノを言います。
一方で、子供を産み育てた経験の無い人が「子育ての方法論」を書くようなことが今の世の中多かったりするかもしれません。

悲しいかな、部長の言葉は本質を突いています。とボクも思います。



昔、同期のエンジニアがこんなことを言っていたのを思い出します。
「モノを作る人間がいなくなったら日本はオシマイば~い」

ホワイトが増加する日本で、今後、逆に重要視されるのは、実際に現場を知っている人間になるのでは、と思ったりします。
綺麗なペーパーを作るのには、あきました。



「自分の気持ちの入った世の中に役立つ商品を作りたい。それは自分にしかできない。」
そういう信念を持って、前に進むしかないですね。


*今日も精神論になってしまいました・・・

前回の続きです。

商品企画は、まさに企画の花形?と言えるでしょう。

ボクが現場で感じるこの仕事の役割は以下のとおり。


①販売計画書の作成
②技術部を動かして製品化する
③製品カタログへの落とし込み・販売支援 ⇒ 営業に周知
④ルーチン化し、業務部へ引き渡し

そして次の商品開発へ・・・


それぞれ重たい仕事ですが、なんと言っても①が一番楽しいです。


(以下引用)
既知のものを完璧に磨き上げても富は生まれず、未知のものを不完全に把握したときに富は生まれる
初めてそれをやった人の名前は覚えられるが、それを完璧にした人の名前は誰にも記憶されることは無い
(トム・ピーターズ)
(以上引用)



特に社内で誰もやっていない商品分野の企画は本当に楽しい。
自分の好き勝手にできます。
運良くボクはそんな仕事にめぐり合えたのでラッキーですね。




販売計画書の一番大切なこと、それは、


台数

価格


これだけです。 これ以外のすべてのこと*はこの二つを導き出すための事柄にすぎません。

*ジェローム・マッカーシー(1961 U.S.)のマーケティング・ミックス(4P)製品(Product)、価格(Price)、プロモーション(Promotion)、流通(Place)

経営者、販売店等はこの二つ興味があります。


でもここで勘違いしてはいけないのは、①だけをやっていて「不完全の極みである」ということです。

つづく

今回から数回にわたり、商品企画について書きたいと思います。


学生の頃、何かを新しく企画する仕事にあこがれていたことを思い出します。


世の中の仕事は大きく二つに大別されます。

「業務型」と「企画型」


人事評価の世界では「彼は業務型の人間だからね」という表現をよく使います。


今の実社会は、昔と違い、新卒で最初についた仕事である程度全てが決まってしまいがちです。


昔のように企業に資金的・時間的な余裕があれば、「ローテーション」といって、定期的に職種を変えるようなこともありますが、今は、営業はずっと営業、経理はずっと経理、人事はずっと人事というご時勢です。



*新聞などでは、好景気などとうっていますが、社員はそれを感じていないところがほとんどでしょう。
具体的な事例で言えば「昔は部長がよく飲みに連れて行ってくれ、全部おごってくれた上に、その後の女性の世話までしてくれた」という話を良く聞きますが、
今の事業会社でこんな部長は皆無と確信します。

皆じぶんの事で精一杯です。


話が大きくずれましたが、、、



企画をしたい人間が業務型の仕事についてしまうと大変です。抜け出せません。

つづく

近所の公園にジョギングに行きました。
裸で走っているおじさん達が大勢いました。

公園の横に鉄棒があり、久方ぶりに「ケンスイ」をしました。
お陰で全身筋肉痛です。
でも、なぜが気持ちいいですね。
普段、おもいっきり力を出すことってあまりありませんからね。



体力は大切です。

体力が衰えると、気持ちも連想して弱くなります。
逆に気持ちが萎える局面にさらされても、体力があれば気持ちをサポートしてくれます。

気持ちを鍛ええることは、非常に難しいですが、
体力ならば比較的鍛えやすいです。

昔、大学時代にスポーツクラブでバイトしていましたが、その時付けた「天子の羽(背筋)」は、見る影もありません。

毎週ケンスイし、復活させたいです。


追記:

I still need more healthy rest in order to work at my best.
My health is the main capital I have and I want to administer it intelligently.
-Ernest Hemingway