スマホがない時代に、子供時代、学生時代を過ごした私は、生徒さんがわからない事をすぐ調べる事ができるその「便利さ」に感心して、それと同時に、その誘惑に抗えずに、大切な時間を奪われてしまっていることに、やりきれなさを思っています。


そして最近では、生徒さんはスマホのアプリで学習できるようになり、また、スマホを通じてテスト範囲を確認できたり、大事な連絡を受け取る事ができたり、受験情報を手にする事ができます。


スマホが日常生活のみならず、子供たちの学習生活の中にも完全に組み込まれてしまって、今更このスマホをなくすこともできず、学習生活に組み込まれている以上取り上げることもできず、教師や親は、子供が画面に食い入るように集中しているその丸めた背中を、指を咥えて、情けない思いで、ただ茫然と見守るしかない状況にあります。


大人でもそうだから仕方がない。電車に乗れば、本を読んでいる人がいかに減ったことでしょう。皮肉にも、何人かの高校生が『システム英単語』を開けている姿が際立つだけです。


ハエ取り紙に、ハエがベタっと引っ付いて、身動きがとれなくなったのと同じように、スマホの画面にベタっと引っ付いて、他の事ができなくなっています。


なんとかしてハエ取り紙には、片足の爪先だけちょこっと引っ付けるだけで、いつでも羽の力でどこかへ飛んでいける、そういう状態で、スマホとのお付き合いをできたらいいのですが。


そういう事ができる生徒さんを「賢い」というのではないでしょうか。