神社参拝と神棚のある暮らし|祈りとご縁の記録(整体師・佐藤仁則)

神社参拝と神棚のある暮らし|祈りとご縁の記録(整体師・佐藤仁則)

毎朝、西宮神社にお参りして7年。
自宅には大神神社、台所には清荒神、整体のお店には伏見稲荷大社からお迎えしたお稲荷様を祀っています。
霊山をめぐり、祈りとともに暮らす日々。
ご縁ある方の心に、静かに届くように


神仏とのご縁に導かれるようにして、
少しずつ、空間と心が整っていきました。

家が荒れていた頃、空気が重く、何をしても落ち着かず、
ただ「なんとかしないと」という思いだけがありました。

何から始めればいいかも分からず、
本やブログを読み漁って、片っ端から試していきました。

手を合わせること、神棚を整えること、
毎朝の参拝、掃除、空間の気を澄ませること。

その一つひとつの積み重ねが、
波動を整えることにつながっていたのだと、今は思います。

誰かに見せるためでもなく、
誰かに認められるためでもなく、
ただ、自分の内側と、目に見えないものとの関係を大切にしていたら、
少しずつ、必要なご縁が巡りはじめました。

このブログでは、
毎日の参拝での気づきや、神棚の祀り方、
信仰とともにある日々の暮らし、
心と空間の整え方について、感じたことを綴っています。

偶然のようで、偶然ではないご縁の中で、
ここに辿り着いた方の心が、少しでも整いますように。

今日という一日が、静かで穏やかに満ちていきますように。
心よりお祈り申し上げます。

AIに、「佐藤さんの人生経験の偏差値は?」と聞いたら、75から85くらいだそうです。普通の人だと何度も人生を崩壊しているが、何度も立て直してるとのこと。
神仏事の実践は、60〜65くらい。
70以上は、山に籠もるような修行をされていたり、
師匠がいて、人に与える力が安定している方とのこと。
ということは、
神仏事よりも、人生経験の方が濃い、ということになります。
ご縁ある方から、こんな話を聞かれることがあります。
「全く神仏信仰していないのに、
順風満帆で人生を楽しんでいる人がいる。
しかも人間性が良いとは言えないのに…なぜ?」
私はこうお伝えしています。
「神仏の助けが必要ない人生だからだと思います」と。
世の中のほとんどの方は、
普通の家庭に生まれ、普通に育ち、
普通に働き、普通に家庭を持ち、
そのまま人生を終えていく。
調べれば調べるほど、
いわゆる“波乱万丈”とは無縁のまま
一生を終える方の方が圧倒的に多いと感じます。
以前、手相の話で
両手に神秘十字線や仏眼相がある方は、
波乱万丈な人生を歩みやすいとお伝えしました。
教科書では、
「霊感が強い」「神仏の守りが強い」と書かれていますが、
私が実際に見てきた方々は、
それどころではなく、
とんでもない経験をされている方ばかりでした。
正直に言うと、
できれば両手にその線は無い方がいいと思います。
経験した人にしか分からないですが、
平々凡々に生きられることの方が、
どれだけ有り難いか。
ご縁ある方に、
私の過去の話をすると、よく聞かれます。
「それでどうなったんですか?」
「その後は?」と。
やはり、
自分が経験していないことだから、
興味が湧くのでしょう。
私も逆に、
自分以上に波乱万丈な方に出会うと、
同じように聞いてしまいます。
正直、ドラマや映画よりも、
現実の方がよっぽど凄いこともあります。
ただ、メリットといえば、
話が面白いくらいです。
(トークが上手いという意味ではなく、
経験そのものが強烈なので)
だからこそ思います。
波乱万丈な人生を歩むくらいなら、
平々凡々で、順風満帆な人生の方が、
絶対に良いと。
親が神仏事をしていて、
その流れで子どもも…というのはよくありますが、
親が無関心で、
そこから自分で神仏に導かれていく方というのは、
やはりどこかで大きな出来事を経験されていることが多い。
人は、必要があるからこそ、
そちらの世界に触れるのだと思います。