神社仏閣霊山参拝と神棚のある暮らし|祈りとご縁の記録(整体師・佐藤仁則)

神社仏閣霊山参拝と神棚のある暮らし|祈りとご縁の記録(整体師・佐藤仁則)

毎朝、西宮神社にお参りして7年。
自宅には大神神社、台所には清荒神、整体のお店には伏見稲荷大社からお迎えしたお稲荷様を祀っています。
霊山をめぐり、祈りとともに暮らす日々。
ご縁ある方の心に、静かに届くように


神仏とのご縁に導かれるようにして、
少しずつ、空間と心が整っていきました。

家が荒れていた頃、空気が重く、何をしても落ち着かず、
ただ「なんとかしないと」という思いだけがありました。

何から始めればいいかも分からず、
本やブログを読み漁って、片っ端から試していきました。

手を合わせること、神棚を整えること、
毎朝の参拝、掃除、空間の気を澄ませること。

その一つひとつの積み重ねが、
波動を整えることにつながっていたのだと、今は思います。

誰かに見せるためでもなく、
誰かに認められるためでもなく、
ただ、自分の内側と、目に見えないものとの関係を大切にしていたら、
少しずつ、必要なご縁が巡りはじめました。

このブログでは、
毎日の参拝での気づきや、神棚の祀り方、
信仰とともにある日々の暮らし、
心と空間の整え方について、感じたことを綴っています。

偶然のようで、偶然ではないご縁の中で、
ここに辿り着いた方の心が、少しでも整いますように。

今日という一日が、静かで穏やかに満ちていきますように。
心よりお祈り申し上げます。

門戸厄神の縁日における参拝を通じて得られた霊的洞察。


本日は19日。門戸厄神の縁日です。
しかも、夜からは大祭があり、柴燈護摩も焚かれます。

私は仕事がありますので、午前中に参拝に行ってきました。

境内で、遠くのほうに、昔から私の店へ通ってくださっているお客様を見つけました。これまで一度も雑談をしたことがない方です。

その方が、一生懸命に手を合わせておられました。

「あの人、家は遠いはずやけどなあ……。しかも、信仰心があったとは全然知らなかったわ!」

そう思いながら見ていましたが、こちらから声をかけると気を遣わせてしまうかもしれないので、声はかけませんでした。

私には言わないだけで、ずっと神社やお寺へ通われている方って、ひょっとすると多いのかもしれません。普段は何も話さなくても、神仏事を大切にされている方は、案外たくさんいらっしゃるのかも……と思いました。

そう考えた瞬間、ふと気づいたことがあります。

そういえば、私が神仏事をするようになって、特に神棚をお祀りするようになってから、病院で働いている方って、うちでは続いたことがないよなあ……と。

私は日頃から、

「霊的にヤバいものを背負っている人が、店に続けて来ないようにしてください」

と祈願しています。

そのため、お稲荷様が御縁を斬ってくださっている可能性もあるのではないか、と思いました。

病院という場所は、やはり、どこも負の念がたまりやすいと私は感じています。病気やけがに苦しむ方、そのご家族、不安や悲しみを抱えている方など、さまざまな人の思いが集まる場所ですから、霊的に見ても、決して良い環境ばかりではないと思います。

ですから、病院で働いている方や、人の身体に触れる仕事をしている方、日頃から霊的な影響を受けやすい環境にいる方は、神仏に守っていただくほうが良いと思います。

「1か月に1回、神社へ行っているから大丈夫!」

という単純なものでもありません。

日頃いる環境が霊的に悪すぎれば、それだけでは守りが薄い、ということもあります。

私ですら、霊的に良くないと感じる写真を、いきなり送られてくることがあります。

また、人間には自由意志がありますので、魔や悪霊を背負っている方と対面することもあります。こちらの霊的な守りが強かったとしても、運気のゴミである「厄」がつくことはあります。

ただし、悪霊や魔と「厄」は同じものではありません。

悪霊や魔とは違い、厄そのものには意志がありません。私は「厄」を、知らないうちにたまっていく運気のゴミのようなものだと捉えています。

私は門戸厄神で、まず般若心経を唱え、その後に真言を9回唱えます。

そして、

「運気のゴミである『厄』を取ってください」

とお願いし、仏様から私の背中が見えるくらいまで、深く頭を下げます。

ちなみに、西宮神社の境内にある摂社「庭津火神社」では、毎朝、自分自身の浄化をお願いしています。

そのときも、神様から背中が見えるくらいまで、深く頭を下げております。

庭津火神社は、西宮神社の発祥の地であるという説もあります。

門戸厄神の不動明王様のお力は、かなり強いと感じます。

そして、19日の縁日だからこそ見られる柴燈護摩もあります。

せっかくの機会ですので、私も護摩木を書いてきました。