出発間際に騒々しくカップルが飛び乗ってきた。
夕方近くの総武線、黄色い電車。

若いカップルである。学生同士だろうか。
いちゃつきながら乗り込んできた。
外は暑いのに、くっつきあって楽しそうだ。
学生さんは夏休みかな。羨ましい限りである。
駆け込み乗車はお止めくださいなどと詰まらない注意はしないことにしよう。
まだ明るい日差しの中、楽しそうにじゃれあっている。

大人の対応として、本に目を落とし、続きを読む。
二人は視界から外れ、興味からも外れた。
アウトオブバウンズ。そんな感じ。

ふと気付くと、異様な雰囲気がカップルの方から漂っている。
ちょっとした冗談も言えなさそうな、険悪なムードである。
オーラが見えない人でも二人の周りに渦巻く黒い雲が見えそうな、危険な空気である。
一体何があったのだ。ほんのちょっと目を放した隙に。

先程までお互いを見つめ合っていたにこやかな眼差しはどこかへ消え、今は見つめ合っているとは、冗談でも言えない雰囲気のにらみ合いである。
ビーバップハイスクールか、ろくでなしブルースを彷彿させるガンの付け合いである。飛ばしあいである。

異常なエネルギーの高まりが感じられた。
スカウターをつけていたら数値でお伝えできたのに残念である。
二人ともかなりの戦闘力向上を示していたと思われる。

周囲の乗客は固唾を呑んで、成り行きを見守っていた。
いや、何かが始まることを予感していた。
席に座って本を読んでいた人でさえ、読んでいた本を閉じ二人に目をやる。この俺だ。

初めは低く静かな話し声だった。
耳を澄ませないと話していることさえ聞こえてこない。
マーラーのシンフォニーを思わせる重厚な始まりだった。
何かを言っているが、内容までは聞こえない。

しかし、だんだんとヒートアップしていくのが分かる。
アンプのボリュームをゆっくりと回すように音量が上がっていく。
音量が上がるにつれて、刺々しさが加わっていく。
ゲインとリバーブのつまみがゆっくりと上げられているかのように、言葉に歪が加えられる。

何を話しているかはまだ聞こえない。
しかし、途切れ途切れに聞こえてくる声の調子は、かなり険悪である。
バックに流れる電車のガタンゴトンというのんきな音が険悪なムードを強調する。
「つぎはー、かめいど」
間抜けな車掌の声が流れ、さらに緊張感が増す。

電車が駅に滑り込み、ドアが開こうとしたその時、声が聞こえた。
「てめー、降りろよ!」
女が発した声だった。
初めて聞こえた二人の声。それが最後の声だったわけだが。
引っ張り合い、もつれあうように電車を降りていく。
乗り込んできたときのじゃれあう姿と対照的である。

仲良さそうに乗ってきた二人がわずか2,3駅で戦闘モードに入った理由。
想像もつかないが、車内の人々を巡る思いは同じだっただろう。
「一体なにが!?」

悶々と想像力を働かせる人々を乗せ、総武線は力強く出発した。
彼らの行く末が案じられる。
そして、できることならそこに至った理由を教えて欲しかった。
黄色い電車のひとコマであった。