セルフ・アップデーターという在り方 -29ページ目

セルフ・アップデーターという在り方

旧:とある学会のサロン模様~「D学会 D・サロン」~
タイトルを刷新しました。

あらためまして、セルフ・アップデーターのひでです。
セルフ時代の現代を生きる一人一人の自己(セルフ)に焦点を当て、総合力の更新(アップデート)を全力でサポートします。

  秋雨前線が活発だったシルバーウィークは台風とその後の雨続きで、靴もズボンも乾く暇も無いくらいだった。朝晩は肌寒くもなり、銀杏の匂いが秋らしさを一層濃くする。

 

 さて、先日、知人の有名講師二人がコラボ開催する学びの場へ参加させて頂いた。

 

内容をざっくり言えば、前半は心理カウンセラーによる「傾聴」講座、後半は映画監督による演技表現-アクティブ・ラーニング-である。なんとも驚いた事にその場に恩師も参加者として参加されていたのである。偶然は必然でもあるので、私が縁の濃さを実感したのは言わずもがなである。
 

 前半の「傾聴」の講座は、一歩踏み込んだ話と具体例などで説明があり、私が参加したグループにはコーチングやキャリアカウンセラーをされている方々からも感嘆の声が上がっていた。

スキルや必須条件は関心がある方はご存じであろう。そうした類の本にも必ず書かれている。ネットでも容易に検索できる。

だが、私が特に関心を持ったのは「非言語」についてである。口で言うのは難しい。態度や姿勢といったそういう所である。

そして、相手の心に焦点が当たっているかである。上級者の皆さまにはお手のものであろうが、私がそうした場に置かれた場合には、心して臨みたいものである。
 

 後半の演技表現のアクティブ・ラーニングでは、同じく言葉を使わずに人生の最高と最低を(人間粘土を使って)造形した後に一人ひとり発表したり、非言語(使って良いのはABCのみ)で最近の嬉しい事を表現・演じたりと盛り沢山の内容を一気に実践した。

考えている時間はものの数分で、すぐに本番・発表するというタイトな時間でもあった。

 

だが、何よりも時間の貴重さが身に沁みる内容だった様に私は思う。

 

役者という職業は別人になり切って、その場その場を演じて表現していくのだから考えている時間は殆ど無さそうだ。考えるよりも先に演じるのが先決という事なのだろう。

 

こうしてだらだらと駄文を連ねる私にはあまり向かなさそうな職業である。

 

 当然ながら、我らが恩師もアクティブ・ラーニングで大盛況のパフォーマンスを披露されていた。お見事過ぎる。さすが旅芸人(恩師は自己紹介で大体そう話す)の熟練技(圧倒的経験からくる実力)である。

 私にはその熟練技が無い。多少の得意技だけでは直ぐに通用しなくなる。
苦手は克服できなくとも、並みの手腕になれば、得意な事はもっと上達するのではないかと私は考えている。
 

 ワークショップ終了後、懇親会の場で私は一時の間だが「八方美人」と呼ばれた。

もちろん、そうなのだ(実はちょっと嬉しい)。

いろんな師に学び、その場の人に同調し馴染むからでもあろう。
これは私の学びのスタイルでもある。覚えが悪いのも愚かなのもその為であろう。

目の前の人から学ぶことを忘れたら、私は私でなくなる気がするのだ。
もう一つ、私が大切にしている事がある。

それは、一方向から物事を見るだけでなく他の視点も大切にしたいという事。これはダイアローグを通じて腹落ちした実体験なのだ。

そう考えると、本当に私が望んでいるのは「十六方美人」なのかも知れない――。

実際には透明な球体を見るに近い見方のイメージなので、16という方向の数もあまり意味をなさなくなるのだが。(いつ実現出来るかは別問題であるけれど。)

そうした見方が出来る様に生涯学び続け、そして、誰かの気付きになるのなら喜んで伝え使命を果たしていきたい――。