正月に食べる御馳走をきっかけに父が入院することになり、今日は突然に主治医から面談に来るように母に電話が入った。その電話で母はいつものようにパニックになり、兄は仕事をほったらかして病院に向かった。私は状況を確認し、職場から電話で主治医との面談に参加した。
2016年に運転中に狭心症を起こし、反対車線にはみ出し、対向車と正面衝突を起こした。何度か心臓マッサージと人工呼吸により奇跡的に命は助かった。死んでいてもおかしくはなかった。
それから5年が経った。あの時のことを思えば、この5年間は命があることに感謝するべき時間だった。だが、この時間ももうすぐ終わろうとしている。
2度の心筋梗塞により父の心臓は数%しか機能していない。血圧は上が60という状態で生きているが、その働きも衰え身体中の臓器に血液を送り出せず、腎臓はもとより肝臓まで数値が悪化してきたそうだ。状態はこの2日間で悪化し、せん妄の可能性もあるとのことだった。今後の改善が見込まれないため、死の宣告を受けた。数週間、早くて数日。強心剤を点滴から入れ少しでも延命できることを願うのみとなった。
もうすぐ会えなくなることが悲しみでしかない。目からは涙しか出てこない。
いつかは来ることはわかっていた。救急車を呼んだ回数だけ覚悟はしてきた。
それでも悲しみでしかない。
父のことは大好きだった。ブラジルに住んできるとき、家から20m離れた道を父が乗っている車の音で父の帰りがわかるほどだった。そんな当時の記憶も薄い。
きっと私の子供も、当時の僕のようにパパのことが大好きなのだろう。無邪気にハグしてくれるように。
面会で父に言われた。
「世話になったな」
返す言葉がなかった。
これまで世話になったのはおれの方で、何一つ恩を返すことができていない。
そもそも恩を返すってなんだろうか。
感謝すること、元気な時に美味しいご飯を食べに行ったり、旅行に行ったり、お金をあげたり、楽をさせたり、いろいろなことができたけど、何もやってあげれなかった。
父は幸せだったのだろうか。
おれにできることは
考えれば考えるほど後悔しか出てきない、後悔のスパイラル状態だ。
前を向くのは得意なはず
ただ、今回ばかりは振り返った後ろが遠すぎる
そんでもって、残される家族のこれからにも関係してくる
幸せな人生とはなんだろうか。