こんにちは、hidekaです
阪神淡路大震災から25年経ちました
神戸の街並みは、震災があったことがウソのように、復旧しています
だけど、傷をじっと抱えて25年を過ごしている人も神戸にはたくさんたくさんいます
私は当時大阪の南の方に住んでいたので、ちょっと強めの地震だ!くらいの状況で
当日も揺れが収まって、普通に大阪市内の会社に出勤しようとしていました
駅まで行ったら電車は動いていなくて、出勤できそうにないのがわかり、自宅に戻ってニュースをつけたら神戸の高速道路がグニャと折れ曲がり倒れている映像が流れ、「えっ!」本当に信じられない光景で、今でもその時の衝撃はよく覚えています
実家が大阪市内、尼崎のすぐ隣にあったので、急いで電話をしましたが通じず、だんだんと大変なことが起こったんだという実感が湧いてきて、でもどうなっているのか情報が得られず・・・
17日中に家族全員と連絡が取れて一安心しましたが、神戸の惨状が次々とニュースで伝えられ、長田の大火事の状況もただ見ているだけしかできなくて、自分があの場にいたら、自分の大切な人があの場にいたら・・と想像するだけで胸が締め付けられ、とてつもない恐怖を感じました
当時、大阪の港区に職場があり、何日後に出勤できたかは覚えていないのですが、大阪市内も沿岸部は家が浸水被害にあい、全壊、半壊したところが多くありました
お客様の中には、家が浸水し着るものがこれしかないのよ・・とおっしゃっている方もいました
しばらくは余震もあり、みんなみんな大きな不安を抱えながら必死に生きていました
本当にこんなひどいことが身近で起こるなんて・・・
日々の平和、平凡な毎日が送れることは当たり前のことじゃない
震災で被害にあわれた方々の魂が安らかに眠れますように
震災で大事な人を失った方々の気持ちが穏やかになりますように
日々の平和に感謝