この秋初めて
朝の通学路見守りで
日陰が肌寒いと思った朝
10月も半ばにしてやっと
季節は秋にバトンタッチかな?
おつかれさまです
伊丹のおくりびと
はやみんです♪
今日は改めて
正しい事を伝える事について
少し考えてみます。
数年前
先輩に言われて以来
ずっと心の真ん中ら辺に
据えている言葉
「正しい事を言う時は
細心の注意が必要」
速水君が言おうとしている事が
正しければ正しいほど
気をつけた方がええで。
初めて言われた時は
優しく分かりやすく丁寧に、と
捉えていたけど
ある時
それだけでは無い事に
気が付いた
この
「正しい事」
って言うのは
「僕が正しいと思ってる事」
なんだと
そして
「正しい事を言う時」
というのは
相手と意見の相違が生じた時で
相手が正しくない事を言ってる時や
相手の言ってる事を正す時
言い変えると
相手が間違えてる時で
相手の間違いを正す時
しかし
相手が間違ってるというのは
僕の思い込みだし
僕の常識の定規で計った上での
判断でしかない。
常識とは
18歳までに身に付けた
偏見のコレクションである
そう残した
アインシュタインさん
言い得て妙だ。
話を戻して
今度は逆に
相手の立場で考えてみる
相手はもちろん
正しい事を言っていると
思ってる。
「間違えた事を言ってやろう」
そう思って喋る人は居ないだろう
と言うことは
正しい事を言う時って
相手の正しいを否定して
自分の正しいを押し付ける
と言う行為でもあるんだ。
となると
それはそれは
細心の注意が必要だ。
いや、そもそも
その行為が必要なんだろうか
否定からは何も生まれないし
時として相手との間に
分厚い壁を作ってしまう
もしその人と意見の相違があれば
まず考えたい
わざわざ相手の間違いを
(僕の思い込みなのに)
指摘する必要があるのか
相手の意見を修正するべきなのか
それは僕がするべき事なのか
大概の場合
修正なんて烏滸がましいし
そもそも修正だなんて。。。
だろう。
そんなことより
まず相手の意見を
そのまま受け止めて
なぜそのように考えるのか
その意見の理由や背景も
そのまま受け止めて
その上で
自分の思いを伝えればいい
そしてお互いの意見の違いを
楽しみ合えるのが良い
そんな人間関係って
素敵だと思う。
しかしこれが
集団の会話であれば
少し厄介になる
「言ってる事は間違いないんだが…」
「言ってる事は正しいんだけど…」
「あの言い方はないよな…」
そんなやり取りを
目にした事はないだろうか
絶対間違えない人なんて
自分を含んで誰もいない
集団の会話の中で
「こうした方が良いのでは」
って思う事があっても
その場で言ってしまうと
相手のプライドを傷付けてしまう
(事が多い)
もし相手の事が好きなのなら
その場ではさらりと流しておいて
否定する事なく話題を進め
できれば場の雰囲気を
切り替えておくのが良い。
そこで気になった事は
後日相手と二人の時に
話すのがいい。
何日後になるだろう
その間心に留めておけばいい
忘れてしまってもいい(笑)
忘れてしまうのなら
家に帰ってすぐに電話すればいい。
その時、二人の会話の中で
相手を受け止める事から
始めるのがいい
言っていた事が正しかった事
物事を上手に伝えるのが苦手な事
でも想いが強くて
つい言ってしまう事
その全てを受け止めて
次からはもう少し
上手に伝えられるように
お互い頑張ろうって
指摘する必要なんてないだろう
そんな前向きな話がいい。
相手に何かを事を伝えたい時
相手により伝わる方法を考えたい
伝えられる相手も
指摘されるより
共感される方が
受け止めやすいと思う。
例え否定している人が居ても
否定してる人を否定しても
何も始まらないんだと思う。
向き合って対峙するより
寄り添って前を目指せる
そんな大人になりたいな♪
自戒の念を込めて
ここに残します。
最後までお付き合い下さり
ありがとうございました♪

