仕事にも復帰し表向きには日常生活を取り戻しています。
皆さんから寄せられたコメントにまだお返事が出来ていませんが、全てプリントアウトしてわかなに持たせてやりました。
生後6ヵ月のわかな、字読めるのかな

わかなと過ごした日々のことは、少しずつここに残していきたいと思います。
いつになるかわかりませんが…。
あと、先日の東京写真展でわかなに会って下さり、コメント頂いたママさんもありがとうございます。
わかな、美人さんでしょ

近いうちに何処かの写真展にお邪魔出来たらいいなぁと思っています。
で、本題です。
長文なのと、読まれた後気分を害されるかも知れないので先にお詫びしておきます。

わかなが息を引き取った後、主治医から死因について説明がありました。
直接の原因は 「間質性肺炎」でした。溢れる涙を堪えながら説明を聞き、その後ある決断をしなくてはなりませんでした。
「病理解剖、どうされますか?」
主治医は、私達に配慮しながらも「させて欲しい」ということは伝わってきました。(因みにこの女医先生、基本直球なので僕はとても信頼しています。)
・・・どうするか考えてなかった

でも、その時働かない頭の中でもあっさりと自分の答えは見つかりました。
「宜しくお願いします、と。」
実はわかなの心臓と肺の病状の診断は当初から二転三転していました。無理もありません。わかなにとっては、CT検査すらリスクになりかねないのですから。
先生達はあらゆる可能性を探りながら最善を尽くして下っていました。
ただ次第に解ってきたことは、わかなの心臓は右心室、左心室共に心筋緻密化障害であったこと、そして肺の表面の形状も特殊であったことでした。
18トリソミーの子供達が、様々な医療の恩恵を受けられるようになり、生存期間が長くなる一方で当初は想定出来ない疾患も見つかってくるという現実があります。
そして、わかなに対する治療法が最善だったのかどうかは僕には解りません。その事で病院や医師を責めるつもりも全くありませんし、感謝の気持ちしかありません。
そして、わかなの死因を追及したところで、本人が戻ってくることがない以上、特に知りたいという想いもありません。
じゃあ、何故病理解剖をお願いしたのか?
理由はひとつでした。
わかなの小さな、そして懸命に頑張り抜いた命を、新しい誰かの命に繋げて欲しい・・・。
ただ、その想いだけです。
わかなひとりを病理解剖したところで、どれだけ医療に貢献出来るのか解りません。何人の子供達の救いになるのか、いやならないのかも知れません。
親として、この苦しみ抜いた小さな躰に更に傷を付けるのは、本来するべき事ではないのかも知れません。
この選択は僕の勝手な自己満足に過ぎないのかと、正直思っています。

わかな自身はそんな事して欲しくなかったと…。
家族はそんな事して欲しくなかったと…。
病理解剖の結果が判明するのは、半年から1年後。
わかな、わかなはパパの選択を許してくれるだろうか?