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歴史を感じよう

日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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和を以て貴しと為す


わしは長尾景虎(ながおかげとら)です。



応永25年(1418年)1月4日、関東管領、上杉憲基(うえすぎのりもと)が亡くなった。





コアラまだ27歳だったんだよ、早過ぎる…


憲基の家臣、長尾景仲(ながおかげなか)は、憲基の死を鎌倉公方、足利持氏(あしかがもちうじ)に報せた。


持氏「憲基が死んだと…誠か?」

景仲「はい、病を患っていたのです。」

持氏「病を…それで昨年隠居したのか?」

景仲「憲基様は隠居は上杉禅秀の乱(うえすぎぜんしゅうのらん)の責任を取るためとおしゃっていましたが…病のこともあったのやもしれませぬ。」

持氏「憲基……すまぬ…」


持氏は隠居した憲基を無理を言って関東管領職に復職させたことを悔やんだのだ。




景仲「憲基様の後のことですが…」


持氏「憲基には子はおらぬが…」


景仲「はい、憲基様はこの時が来るのを予測しており、我が遺言を預かっております。」


持氏「憲基はわかっておったのか…」


景仲「憲基様は…越後上杉房方(うえすぎふさかた)様の三男、孔雀丸(くじゃくまる)様を養子にして、山内上杉家(やまのうちうえすがけ)の当主にせよとの遺言でした。」


持氏「房方も山内上杉家の人間。申し分はないの。今、孔雀丸とはいくつじゃ?」


景仲「9歳にごさいます。」


持氏「まだ小童ではないか!わしより年下、かなり離れておるではないか!?」


景仲「憲基様は先の乱で越後に参った時、孔雀丸様をいたくお気に召した様子でした。」


持氏「…そうか、憲基の望みなら叶えねばなるまい。景仲、孔雀丸とやらを越後より連れてまいれ。」


景仲「ははっ!」





一方、越後でも憲基の死の報せが入っていた。



房方は「この時が来た」と思い、孔雀丸を呼んだ。




孔雀丸「父上、関東管領、憲基様がお亡くなりになったと聞きました。」


房方「うむ、病での…憲基はそなたのことをことのほか気に入っておったぞ。」


孔雀丸「それは嬉しゅうございますが…もう一度お会いしとうございました。」


房方「憲基の願いにより、そなたは憲基の後を継ぐのだ。」


孔雀丸「私が?憲基様の後継者と?」


房方「そうだ、憲基は存命中から、その決意であったのだ。鎌倉に入り、関東管領職に就くことになろう。」


孔雀丸「…鎌倉、関東管領…憲基様…」



孔雀丸はうつむき…考えた。


そして…


孔雀丸「わかりました。私はまだ未熟ですが精進します。」


房方「うむ、孔雀丸、そなたは山内上杉家の当主だ。」




幼い孔雀丸は鎌倉に入ることとなった…。




つづく…





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