ジャンボ鶴田が普段通りのスケールの大きい全日本プロレスを見せた後、次の試合に登場したのが天龍源一郎でした。
当初、天龍のパートナーは川田利明の予定でしたが、
長州力がパートナーを小林邦昭からジョージ高野に変更したことを受け、天龍は面子をかけた戦いと独断でタイガーマスク(正体は三沢光晴)に変更したのです。
当時、全日本プロレスのマットでは天龍さんとタイガーは敵対関係だったんだ
これは馬場さんが全日本プロレスを見せると言う強い意志を感じました。
しかし、試合はギクシャクしていました。天龍が長州を意識し過ぎで感情が空回り。
長州も技を受けず、自由奔放なジョージは好き勝手に動き、全日本プロレス勢の持ち味が消えてしまったのです。
しかし、1人冷静だったタイガーがリングアウト勝ちを決め、かろうじて試合が成立したのでした。
天龍としては全日本マットで熱く戦ってきた頃の長州と思っていたようですが、長州も新日本プロレスを背負ってきているので全日本プロレス勢の持ち味を消すことにしたのかもしれませんね。
メインは猪木、坂口vs橋本、蝶野でした。
猪木さんが初めてリング上で1,2,3,ダーをやったんだよね
この東京ドーム大会後、全日本と新日本は友好関係が続きました。
確か、クラッシャーバンバンビガロが全日本プロレスに参戦したり、
小橋さんと対戦したんだな
ハンセンが新日本プロレスに上がったりとしていましたが…
猪木さんが新日本プロレスの会長に就任し全日本プロレスとの協調路線を打ち切ったのです。
猪木さんとしては全日本の力を借りないとドームは入らないのか?という声に否定的だったのでしょう。
後に天龍や三沢が新日本プロレスに上がったことを思えばジャンボが上がった1990年2月の東京ドーム大会はまさに奇跡でした。
そして馬場さんの全日本プロレスが新日本プロレスのマットでファイトを見せた唯一の大会でしたね。
つづく














