小さな女の子は、ピアノが苦手で弾くのが嫌いだった。

ある日父が、拾ったという絵画をエミリーというその女の子のピアノの上の壁に飾った。

それは髪の長い女性がピアノを気持ちよさそうに弾いている姿を後ろから描写した絵だった。絵の中の女性は、仕立ての良さそうな黒いワンピースを着ていた。薄暗い部屋の中で窓からの日差しをまるでスポットライトのように受け、ピアノの上には、一輪の薔薇がガラスの水差しの中で咲いている。その赤がとても鮮やかに描かれた絵だった。エミリーはその絵が気に入った。このお姉さんのように気持ち良さそうにピアノが弾きたいと思い、頑張って練習をした。

ピアノは彼女の生き甲斐になった。ピアノの上に飾らせた額縁のピアニストのように美しくピアノを弾けるようになりたい、その想い一心で。ある時エミリーが学校から帰るとピアノの上の絵画が無くなっていた。エミリーが父に問いただすと、持ち主が現れたから返したという事だ。元々拾って来た絵だから仕方ないのは分かっていたが、エミリーは納得がいかなかったし、取り戻したかった。絵画の中のピアニストの姿はエミリーの脳裏にしっかり焼き付いていた。エミリーはその残像を頼りに毎日いつも以上に力を入れて練習をした。

努力が身を結び、やがてエミリーはピアニストになった。そして演奏する傍ら、あの絵を取り戻そうと聞き取りをしていた。

数年後、エミリーの元に一枚のレターが送られてきた。封筒の中には一枚の写真が入っていた。そこにはあの「額縁の中のピアニスト」の絵が写っていた。写真の裏には住所が記載されていた。その住所はイングランド南部のプリマスという港町だった。

エミリーは海にほど近い古びたアパートメントに辿り着いた。

手紙に記載されていた部屋をエミリーは躊躇なくノックしたが応答はない。ドアノブを回すと鍵がかかっていなかった。

その部屋は、あのピアニストが描かれた部屋そのものだった。

白壁前にアップライトピアノが置かれていた。窓からは淡い日差しが入り、ピアノの上に置かれた水差しに刺さった一輪の薔薇を照らしている。優しい風が薄らと薔薇の香りを運んで来る。

エミリーはしばらく動くことが出来なかった。やがて導かれるようにピアノの前に立つと、閉じられた鍵盤の上に、手紙が置かれていたのに気づいた。

手に取ると、それはエミリーをこの場所に導いた手紙と同じ便箋だった。便箋には、「親愛なるエミリーへ」

と書かれていた。

それは、昨年病で亡くなった父からの手紙だった。