久しぶりに「サレンダードワイフ」をきちんと読み直しています。
というのも、ここ数日、自分の中でなんだか旦那さんとの関係がしっくり噛み合わないのです・・・。
何かがあったわけでは決してないのですが、わかりやすく言うと、なんだか、つまらない。
好きな歌手のライブ映像などを見るほうがずっと楽しい、なんて思ってしまっている自分が、なんだか寂しくて・・・。
私はあまり体力があるほうではないので(というか、体力・精神力をバランスよく使うのが苦手なのです^^;)、夜になると、ぐったり。旦那様が帰って来てご飯を出してしまうと、気が緩んでしまうという面もあって、とたんに使い物にならなくなります(笑)
現在、ささやかなフリーの仕事を始めるための準備中でもあり、ほぼ専業主婦として生活させてもらっているので、家のことはきちんとこなさなくては、という思いがありながら、疲れているとどうしても「私ばかり・・・」という気持ちが出てくることも、しばしば。
そうなると、理想のにこにこ奥様からはかけ離れてしまい、ぴりぴりした空気を出してしまいます^^;
旦那様はといえば、夕飯の食器は自分で洗ってくれますし、私がやり忘れたお風呂掃除も、仕方なくですが、やってくれます。
でも、そのあとが問題で、不穏な空気が漂うことが、ままあります。最近は特に。
彼にしてみれば、俺だって疲れているのに、やりたいこともあるのに、という思いがあるのだと思います。
しかし、不穏な空気にならないことだってあります。
むしろ、これまではそのほうが多かったような気がします。
では、和やかなムードになるか、不穏な空気が漂うかの違いは、どこにあるのでしょうか?
そこで、タイトルです。
「望むこと」と「要求すること」は違う。
これは、サレンダードワイフの中の一節ですが、最近の私は、暗に「要求」ばかりしていたような気がします。
「今日はもう早く寝たいな~(だから食器自分で洗って欲しいな)」
「お風呂洗わなくちゃ(あなたやってくれないかな?)」
一番やってはいけないパターンの話し方ですね。なにより、見返りを期待しているという心持ちがお恥ずかしい・・・。
こうやってやってもらったときは、いくら「ありがとう」を伝えたところで、旦那様には響いていませんでした。当然ですよね、命令されたも同然なんだから・・・(笑)
彼にも以前指摘されました。
「やって欲しいことがあるなら、素直にそう言ってほしい」と。
少し話がずれてくるかもしれませんが、自分で自分の欲求を理解していてそれを適切に表現したりコントロールできる女性は、とても素敵だと思います。
私はその部分がまだまだ未熟で、自分の欲求やできること・できないことを、自分自身で整理できないことが、たくさんあります。そのため、「~したい」「~を手伝ってほしい」ということを、賢く表現することができていないようです。
また、同じ理由から、知らず知らずのうちに自分自身を追い込んでしまい、余裕がなくなっていることも多くあります。なんだか最近時間に追われているような気がしていたのですが、セルフケアがうまくいっていなかったことも、厭味な言い方をしてしまっていた原因の一つかもしれません。そして、厭味な言い方をしてしまうときというのは、気まずさからか、言葉数も多くなってしまいがち。その結果、心がほかほかになるような会話をできていませんでした。
今回気がついたことをまとめてみます。
*余裕がなくなってしまうと、彼の気持ちに配慮した振る舞いができなくなってしまうことが多い
*大人の女性として、自分の心をなるべくご機嫌に保つ責任は、なによりもまず自分にある
*セルフケア→心の余裕→旦那様の気持ちや自由を尊重できる
*私は「セルフケア」の部分で躓いているのではないか。
↑実は、自分を喜ばせることに時間を割くことにいつも後ろめたさを感じていました^^;時間の使い方を見れば好きなことばかりさせてもらっているのですが、後ろめたさがあるため、気持ちとしてはまったくケアされていない、という・・・。
例えば、お昼寝をすると、「あーすっきりした☆よし、家事がんばろう!」ではなく、「彼が一生懸命働いている時間に、こんなに寝ちゃったよ・・・なんて奴><家事で挽回しなくちゃ!」となってしまう。
これって、同じ家事をするのでも、結果は全然違いますよね。
前者であれば、すっきりと達成感がありますが、後者の場合、マイナスをゼロに戻しただけで、自分の中での自分の評価は上がりません。
人によるのかもしれませんが、私の場合、この考え方が、心の余裕を無くしたり疲労感を強くする原因なのではないかと思います。
というわけで、これからは、
*素直に自分の欲求を大切にする
という訓練をしていきたいと思います。
セルフケアで得た笑顔を家庭に返していくのが、happyへの近道かな、なんて思いながら☆
asason
というのも、ここ数日、自分の中でなんだか旦那さんとの関係がしっくり噛み合わないのです・・・。
何かがあったわけでは決してないのですが、わかりやすく言うと、なんだか、つまらない。
好きな歌手のライブ映像などを見るほうがずっと楽しい、なんて思ってしまっている自分が、なんだか寂しくて・・・。
私はあまり体力があるほうではないので(というか、体力・精神力をバランスよく使うのが苦手なのです^^;)、夜になると、ぐったり。旦那様が帰って来てご飯を出してしまうと、気が緩んでしまうという面もあって、とたんに使い物にならなくなります(笑)
現在、ささやかなフリーの仕事を始めるための準備中でもあり、ほぼ専業主婦として生活させてもらっているので、家のことはきちんとこなさなくては、という思いがありながら、疲れているとどうしても「私ばかり・・・」という気持ちが出てくることも、しばしば。
そうなると、理想のにこにこ奥様からはかけ離れてしまい、ぴりぴりした空気を出してしまいます^^;
旦那様はといえば、夕飯の食器は自分で洗ってくれますし、私がやり忘れたお風呂掃除も、仕方なくですが、やってくれます。
でも、そのあとが問題で、不穏な空気が漂うことが、ままあります。最近は特に。
彼にしてみれば、俺だって疲れているのに、やりたいこともあるのに、という思いがあるのだと思います。
しかし、不穏な空気にならないことだってあります。
むしろ、これまではそのほうが多かったような気がします。
では、和やかなムードになるか、不穏な空気が漂うかの違いは、どこにあるのでしょうか?
そこで、タイトルです。
「望むこと」と「要求すること」は違う。
これは、サレンダードワイフの中の一節ですが、最近の私は、暗に「要求」ばかりしていたような気がします。
「今日はもう早く寝たいな~(だから食器自分で洗って欲しいな)」
「お風呂洗わなくちゃ(あなたやってくれないかな?)」
一番やってはいけないパターンの話し方ですね。なにより、見返りを期待しているという心持ちがお恥ずかしい・・・。
こうやってやってもらったときは、いくら「ありがとう」を伝えたところで、旦那様には響いていませんでした。当然ですよね、命令されたも同然なんだから・・・(笑)
彼にも以前指摘されました。
「やって欲しいことがあるなら、素直にそう言ってほしい」と。
少し話がずれてくるかもしれませんが、自分で自分の欲求を理解していてそれを適切に表現したりコントロールできる女性は、とても素敵だと思います。
私はその部分がまだまだ未熟で、自分の欲求やできること・できないことを、自分自身で整理できないことが、たくさんあります。そのため、「~したい」「~を手伝ってほしい」ということを、賢く表現することができていないようです。
また、同じ理由から、知らず知らずのうちに自分自身を追い込んでしまい、余裕がなくなっていることも多くあります。なんだか最近時間に追われているような気がしていたのですが、セルフケアがうまくいっていなかったことも、厭味な言い方をしてしまっていた原因の一つかもしれません。そして、厭味な言い方をしてしまうときというのは、気まずさからか、言葉数も多くなってしまいがち。その結果、心がほかほかになるような会話をできていませんでした。
今回気がついたことをまとめてみます。
*余裕がなくなってしまうと、彼の気持ちに配慮した振る舞いができなくなってしまうことが多い
*大人の女性として、自分の心をなるべくご機嫌に保つ責任は、なによりもまず自分にある
*セルフケア→心の余裕→旦那様の気持ちや自由を尊重できる
*私は「セルフケア」の部分で躓いているのではないか。
↑実は、自分を喜ばせることに時間を割くことにいつも後ろめたさを感じていました^^;時間の使い方を見れば好きなことばかりさせてもらっているのですが、後ろめたさがあるため、気持ちとしてはまったくケアされていない、という・・・。
例えば、お昼寝をすると、「あーすっきりした☆よし、家事がんばろう!」ではなく、「彼が一生懸命働いている時間に、こんなに寝ちゃったよ・・・なんて奴><家事で挽回しなくちゃ!」となってしまう。
これって、同じ家事をするのでも、結果は全然違いますよね。
前者であれば、すっきりと達成感がありますが、後者の場合、マイナスをゼロに戻しただけで、自分の中での自分の評価は上がりません。
人によるのかもしれませんが、私の場合、この考え方が、心の余裕を無くしたり疲労感を強くする原因なのではないかと思います。
というわけで、これからは、
*素直に自分の欲求を大切にする
という訓練をしていきたいと思います。
セルフケアで得た笑顔を家庭に返していくのが、happyへの近道かな、なんて思いながら☆
asason
丸顔、あごが悩みなのですが、むくみもとれてすっきりしてきた気がします。
