保育士時代、
ご主人を亡くしたお母さんがいました。
4人の子どもを、ひとりで育てる毎日。
4人とも在園児。一番下の子は、まだ1歳前後でした。
私は3歳の女の子の担任でした。
少しずつ登園時間が遅くなる、休みがちになる
着替えを持ってこられない日が増えたり。
お母さんが不安定なのが伝わってきました。
子ども達のこと、守るべきルールを時折、お母さんに伝えました。
各クラスの担任が同じことを繰り返し言わないように配慮もしながら、
きつく叱るような職員は誰ひとりいませんでした。
でも――
「母親なんだから」
「ルールは守るべき」
「大変なのは分かるけど」
そんな言葉にならない空気が、
きっとどこかにあったのではないかと思います。
日本人は空気を読むのが上手な方が多い。
だからこそ、言葉にしていなくても
その空気に傷ついてしまうこともあるでしょう。
当時の私も
今のお母さんに伝えても伝わらない。
だから子供にお願いするしかないと感じて、
女の子に
「お着換えのある場所分かる? 靴下持ってきてくれる」と
直接こどもに伝えることが多くなった。
お母さんに寄り添っているつもりで、
本当は向き合うことを避けていたのかもしれません。
やがて子どもたちは
児童相談所との話し合いを重ねながら
一時保護、帰宅を繰り返すようになりました。
戻ってきたとき、
お母さんはこう言いました。
「子ども達のためにも、私がしっかりして守ってい
きます。
明日からも遅刻しないようにします。」
前向きな言葉も聞かれるようになることもあった。
でもいつからか
連絡なしに休む日が続き、職員が家庭訪問へ行ったときのこと。
部屋には、カピカピになったご飯が床一面に広がり、服やおもちゃも散らばっていたそうです。
「子どもがこぼしてしまって…」
その言葉の奥に
お母さんの悲鳴と限界、あったのだと
今なら分かります。
子どもたちは
養護施設へ入所する日が決まりました。
最後の登園日に
一番上のお兄ちゃんと、園庭に座って
ただ見つめ合って笑い合った時間がありました。
青空がとてもきれいで天まで澄んでいました。
ただ家族が幸せな方向に進んでいきますように
そう願いました。
あの時間だけは、
ただただ優しい空気でいっぱいでした。
今の私だから思うこと
人は、
正される、できないことを補うことよりも
「安心できること」で
立ち上がれるのかもしれない。
あの経験は、
私に問いを残しました。
できていないことを見る前に、
背景を見よう。
ルールを伝える前に、
その人の心の温度を感じよう。
あの時の保育園の空気感は
お母さんが不安定だから仕方がないでした。
もしあのときに戻れたら、
今の私はなら、こう声をかけます。
「お母さん、よく頑張ってる。それ以上頑張らなくていい。
まずはお母さんの話を聞かせてほしい。今何を感じているか教えてほしい。」って
もしかすると結果は変わらなかったかもしれない。
でもお母さんの孤独は
少し違ったものになっていたかもしれない。
最後まで読んで頂きありがとうございます。

