双子含む5児の母の日常

双子含む5児の母の日常

3男2女(末っ子は男女の双子)の母です。
そして、2016年、肺がん(1A)が発覚し手術。
また、2004年に脳腫瘍を発病し、2011年に再発したものの、無治療で元気に過ごす実母の闘病記録も不定期に更新。

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久しぶりの更新は、母の脳腫瘍の定期検診の記録です。

 

過去の事を順番に書いてきましたが、今日は現在の事を。

 

 

先週の金曜日、MRI検査がありました。

 

結果から書くと、変化無し!

治療の必要は無く、引き続き、経過観察継続ですおねがい

 

再発と言われ、なす術も無く、無治療になってから6年が経過し、

7年目突入です

 

 

MRIの検査が終わり、ゆっくりと、脳外科外来に戻ったのですが、

すでに主治医がスタンバイ。

 

看護師さん曰く、

「先生お待ちかねよ~。早く来ないかなぁ、って。」

看護師さんの表情から、結果は良かったんだなぁ、と思いました音譜

 

ニコニコ笑顔の先生。

 

3年前と、一年半前、そして現在の画像を比べると・・・

 

3年前よりも、各段に腫瘍が小さくなった前回(一年半前)。

 

そして、現在は、腫瘍そのものの大きさは前回と変わり無く、

数ミリ程度。

腫れの部分は、前回よりもさらに小さくなっていました。

 

 

無治療で、このような経過を辿るというのは、かなり珍しいそうで、

 

「何だろうね~。家族力、なのかな?お孫さん達から、たくさんパワーをもらっているんだろうねぇ。」

 

母も、ニコニコ笑顔で、頷きながら話を聞いていました。

(再発したときの後遺症で失語があり、自ら話はできません。言われていることは、だいたい理解しています。)

受け答えは全て私がしています。

 

私に、どんな生活をされてますか?と、聞かれましたが、

 

「アロマでリラックスしたり、5人の孫と戯れて、一緒に笑ったり遊んだりしています。」

 

と答えると、

 

「やっぱり、心の状態も、重要なのかもしれませんね。」

と仰っていました。

 

先生は、食べ物など、西洋医学以外はバッサリ切り捨てる考え方なので、他は特に話しませんでしたが、

アロマに加えて、絶対に口にしない食べ物、積極的に摂っているもの、レイキなどをしています。

でも、怪しい民間療法や免疫療法は受けておらず、サプリメントも摂っていません。

 

その後は、

保育園の行事に参加した話や、双子の話など、談笑して診察は終了。

次回のMRは、また1年半後で良いそうです。

 

60代後半の母。

 

医療費は、抗がん剤をしていた頃に比べると格段に安くなっています。

今は特に治療は受けていないので、検査代と管理料で、こんなものです。

 

 

お薬は、デパケンと、脳の浮腫み止めとして、プレドニンを飲んでいます。

 

 

母の脳腫瘍の、過去記事です。

 

2004年3月下旬

 

 

MRIと、レントゲン、採血がありました。

先日CTで発見された脳の腫れ(浮腫み)の中に何があるか、

造影剤入りのMRIを撮りました。

 

結果、腫れの中心に、ひょうたん型の脳腫瘍が見つかりました。

大きさは、一番長いところで3センチ位だと言われました。

 

横には、肺のレントゲン写真が。

なぜ肺?と思いましたが、肺がんの脳転移かどうかを調べるためだったとの説明がありました。

今となっては、肺癌が脳に行きやすいことは、自身の肺癌ですっかり知識として身についていますが、その時は全然わからず。

 

 

先生の説明では、

 

・脳腫瘍(グリオーマ)の可能性が高い(肺からの転移ではない)

 

・場所は、左側頭葉。大きさは、最大径3センチ。

 

・今後の治療としては、手術して腫瘍を摘出して病理に出し、

正式なグレードを確定する。

 

ただし、左側頭葉という場所が場所なだけに、見える腫瘍を全て摘出すると、言語や右半身麻痺など、著しくQOLが低下してしまうので、

病理にかけるという意味での、一部の摘出となる。

 

との事でした。

 

要は、腫瘍を全部取れないので、完治を望むのは難しいということになります。

 

その後、自己血輸血のために、数回通院をするのですが、

その途中で、脳腫瘍が自然退縮するという、常識では考えられないことが起こるのです。

 

そのころ、サイモントン療法の存在は全く知りませんでしたが、今思えば、腫瘍がどんどん小さくなっていくと強くイメージする、自己流サイモントン療法だったんだな、と思います。

 

心と肉体は深く繋がっていると実感する出来事でした。

 

 

詳しくは、次の記事にて。

 

 

*私は、西洋医学を全く否定していません。

むしろ、きちんと標準治療を受けるべきだと思っています。

誰しもがこうなる訳ではないので、こういう人もいるんだな、

と思って頂ければ幸いです。

 

私の肺癌の記録と同時進行で、母の脳腫瘍についても、書いていきます。

 

もみじ2003年秋。

 

母は一人暮らしをしていました。

私は、この年の春に隣県に嫁ぎ、元々不眠症で精神が不安定だった母が心配で、週末ごとに実家に様子を見に帰っていました。

これを許していてくれた主人。ありがたいことです。

 

ある日、母から電話がありました。

 

「なんだか、最近変なの。自分あての郵便物の名前を見ても、少しの間、誰か分からなくなる。でも、少し眺めていれば、あ!私だ、って分かるんだけど。」

 

何だろう・・・

その時、母はまだ50代前半でした。

認知症にはまだ早いと思うけれど、何か他の病気かと一気に心配になりました。

 病院、行ってみたら?

と勧めても、毎日じゃないし、他にどこも悪くないから、大丈夫だよ。

と言い、その時は行かずじまいでした。

 

やがて年が明け、

 

雪の結晶2004年の2月。

 

平日に母からの電話。

 

「なんだか、しばらく気を失っていたみたい。気づいたら、魚焼きグリルが自動で止まっていて、台所に倒れてた・・・。」

 

と、不安そうな声。

その日、大慌てで実家に帰りました。

 

週末だったので、2日ほど実家に泊まり、様子を見ていましたが、特に何もなく、母は元気に庭いじりをする毎日。

 

「もう大丈夫だから、もう○○(夫)の元に帰りなさい。ただの貧血か何かだから。」

 

そう言われ、もう少し様子を見ることにしました。

 

チューリップ赤そして、3月。

 

「また倒れた。それに、最近なんだか急に吐き気がして、でも、吐くと何事も無かったようにスッキリする、っていうのが何度かあったの。」

 

そう言って、前よりも不安そうな母。

 

「行こう!やっぱり何か変だよ。大きな病気かも知れないし、手遅れになる前に。」

 

そう説得し、私の仕事が落ち着く次の週にでも行こうということになりました。

 

 

その時、私は、脳・・・かな。と思っていました。

当時実家で飼っていた犬が、「門脈体循環シャント」という先天性の病気をもっており、肝性脳症によるてんかん発作をよく起こしており、その症状とそっくりだったから。

 

 

そして、次の週。

 

 

私の職場に、大きな病院の脳外科の先生から、職場に電話がかかってきたのです。

 

母は、自分でも脳に何か原因があると、内心思っていたようで、以前新聞で見た、県内で有名な脳外科の先生の名前をメモしており、私に言わずに一人で、その先生の病院に行ったのです。

 

予約なしだったので、かなり待ち、ようやく診察を受けたらしく、終業時間近くの電話でした。

 

「○○病院、脳外科のAと申します。お仕事中に申し訳ありません、今よろしいでしょうか?」

 

もう心臓がバクバク。

 

救急車で運ばれたのか?と一瞬思いましたが、先生は続けました。

 

「お母様が、気になる症状があるということで受診されたのですが、脳に腫瘍が見つかりまして。今すぐどうこう、という事ではないのですが、ご本人がだいぶショックを受けていらっしゃるようで、一人お帰しするのはこちらも不安なので、お迎えに来て頂きたいのですが。」

 

との事でした。

 

母は、ショックで私の携帯の番号が思い出せなかったそうなのですが、財布の中に私の名刺があり、それを先生に私、先生自ら連絡を下さったのです。

 

礼儀正しく、言葉の端々に思いやりの心がにじみ出ている先生。

まさか、副院長先生で、権威ある立場の先生だとはその時知りませんでした。

A先生には、その時から現在もなお、17年以上の長きに渡りお世話になっています。

 

職場から病院まで、電車を乗り継ぎ2時間近くかかります。

 

少しでも早く、どうにかならないか。

 

まずは、弟だ!

弟は当時、私と同じ町の大学に通っていました。車もあります。

幸い、すぐに連絡がつき、弟の車で向かいました。

 

同時に、隣町の叔母にも連絡をしたところ、すぐに駆けつけてくれるとのことでした。

 

大急ぎで脳外科外来へ。

 

母は、処置室で横にならせてもらっていました。

横には、叔母が。

 

叔母の顔を見た途端、張り詰めていたものがほどけ、涙ぐんでしまったのを覚えています。

 

CTの画像には、ぼんやりと、大きく影が。

 

「調べてみないとまだ何とも言えませんが、おそらく腫瘍だと思われます。この影は浮腫みで、その中に何かあるだろうと推測されます。次回、造影剤入りのMRIで詳しく見てみましょう。」

 

との事で、造影剤やMRI検査に関する色んな書類にサインしました。

 

その日は、MRIは予約がいっぱいで受けられなかったので、

後日改めて検査をすることになったのです。

 

 

その後、叔母にお礼を言い、弟と3人で家に帰りました。

 

玄関には、犬が待っていました。

大喜びで尻尾を振って。

 

「ノノちゃん、お母さんもあんたと同じく癲癇おこすようになっちゃったよ。」

と泣く母。

 

その日の夕食は、何を食べたのか思い出せません。

 

何も味がしなかったことだけ、うっすら記憶にあります。

 

 

続く。

 

前回の続きです。


たまたまですが、今日は双子の日だそうですラブラブ

【2/5でふたご。】
双子および多胎児の育児しやすい環境を考える日だとか。


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◇初診: 2014. 7/13 5w6d頃に受診。

(前回、カルテを作ったところまで記事にしたので、その続きです。)
記録のためにエコー写真があります。
苦手な方はスルーしてください。


採尿・体重・血圧の後、診察を待ちました。
上の子達を見ていてもらうために、主人が休みの、日曜日に受診。
人気の産院なので、妊婦さんが大勢。
1時間半ほと待ったと思います。

ようやく名前が呼ばれ、先生と軽くお話をした後、診察。


赤ちゃんは確認できるかな?心拍見えるといいな~。
何度経験しても、緊張する瞬間です。


すぐに、
「妊娠してますねー。これ、赤ちゃんの袋。」
と先生。

びっくり妊娠だったけど、やっぱり嬉しい

と、同時に、見覚えのある映像が。

ふ、ふたご?
先生に言われる前に、衝撃で心臓バクバク。


先生:「ん?二つ・・・あるような?双子ちゃんかな?」

5w6d_1


先生:「まずは、上のハッキリした方を拡大してみましょう。」


5w6d_2


すると、小さな小さな胎芽が!
もわん、もわん、と心拍も見えます。

心拍を測ると、126bpm。ちょっとゆっくり目に感じますが、
この時期の心拍にしては、平均だそうですニコニコ

良かった~。でも、双子、ふたご~~?どうなんだ?
そればっかりが気になってドキドキ。


先生:「さてさて、もう片方には見えるかな~?」

でも、黒い空間の中には、角度を変えて見てみても、何も見えませんでした。
ちょっと、ホッとしてしまった私。

先生:「上のは、境目が明瞭なので胎嚢だと分かりますが、下の物は、血液か水かもしれませんね。」

念のためもう一度確認してくれたのですが、やっぱり何も見えませんでした。

先生:「いずれにしても、次回また確認してみましょう。2週間後に来てください。」

血液か水の袋かな。

その時は、4人目ならまだしも、5人を育てる自信が無く、
正直なところ、一人である事を望んでいました。
今は、全然そんな事は思わないんですが。


主人の元に戻った私は、とりあえず、心拍が確認できたことを伝えました。

家に着いてから、改めてエコーを見てみると、双子だわ、きっと。と、直感しました。
なぜなら、古いエコー写真を引っ張り出すと、それと似たようなエコー写真だったので目
二つの胎嚢が、ほどよく近くに映っている感じが・・・。
それぞれの袋が独立していて、二卵生の可能性大。


双子妊娠は、実は今回で2回目です。
最初の双子妊娠では、結局は長男一人になってしまいましたが、8w6dまでは順調でした。


その時のエコー写真

7w

二つ並んだ胎嚢。7週の時のエコーです。

縦並びか横並びかの違いはあるものの、そっくり。
この時も、左側の胎嚢の境界がすこしぼんやりしていました。
両方に心拍が確認できたので、すぐに双子と診断されましたが。

でも、今回は違うかも知れない。

さらに、ドキドキの2週間が続いたのでしたショック!








今日の双子。生後11ヶ月♪

2/5

今日は、何度か、おもちゃの取り合いが勃発。
仲良く遊ぶというよりも、まだまだ個人主義だねぇにひひ
お互いの存在は感じていて、時々見つめ合い、ニッコリしてますが。


12/29は、忘れられない日。

去年の今日は、切迫早産で入院した日なんです。
この時間は、子ども達に会えない寂しさ、
主人の負担が重くなる不安、
お腹の双子がどうなるかの不安。

この時間は、暗い部屋の中で、点滴のポンプの音を聞き、
点滅する緑色のランプを眺めながら考え事をしていて、
全然眠れなかったなぁ。

あれから一年。大変な入院生活に想いを馳せつつ過ごした一日でした。



こちらのブログはほとんど更新していませんでしたが、
双子妊娠という貴重な体験を、
改めて詳しく記録していこうかと思っていますラブラブ


双子を妊娠して、喜びと不安で複雑な思いを抱えた妊婦さん。
双子についての情報が知りたい妊婦さん。
双子の妊娠・出産ってどんな感じだろう?
入院中は、上の子達はどうするの?などなど・・・
不安の解消や疑問の解決の、お役に立てたらと。





2014年、夏の初め。

とにかく、だるくて、疲労感が激しくて、
時々ホットフラッシュみたいになったり。

秋には、40歳になるし、ちょっと早い気もするけど、更年期か?
・・・と本気で思っていました。

やんちゃ盛りの男の子二人と、
動き回る1歳半のお転婆娘を追いかけ回すのに、
ヒイヒイ言っていました
夜にはぐったり。翌朝もだるくて、栄養ドリンクで乗り切る毎日あせる

そのうち、奇妙なくらいの眠気と、時々吐き気が。
夏バテにしてはおかしい、と少しずつ思い始めていました。

まさか、妊娠?と思った決定的な出来事は、
まだ授乳中だった長女(3番目)を、
添い乳で寝かしつけをしていた時のことです。

ヒリヒリと、吸われる度に何とも耐えがたい痛みが!
もう1歳半だし、吸う力も強いから、切れたかな?
と最初は思いましたが、どんどん酷くなっていきました。

この感覚、長女を妊娠した時と同じだ!!


けれど、レスぎみ&ちゃんと避妊してたのにそんなはずは無い。
と否定的な気持ちもありました。
(後に、正しく避妊していても約3%は妊娠してしまう事を知る)


とはいえ、悶々としているのも嫌なので、
翌日、長女を妊娠した時に使った妊娠検査薬が
まだ数個残っている事を思い出し、検査したところ・・・

あっさり陽性目

しかも、終了線に比べて、異様な位に濃い判定線。
後日、残っていた検査薬を3本試しましたが、いずれも、
過去3度の妊娠とは、明らかに違う色の濃さでした。

後から思ったのですが、双子(私の場合は二卵性)だと胎盤が二つ。
その分、hcgの分泌量が多いそうなので、そのために、
濃い判定ラインが出たのではないかと。(あくまでも推測ですが)

1229a


でも、この時はまだ双子だなんて夢にも思っていなかった私。


4人目???

えらいこっちゃ・・・

上の子達どうしよう。


経済的にも、大丈夫か?

でも、諦めるという選択肢は少しもありませんでした。


早々に、主人に話すと、

「え~~~ッビックリマーク
と驚いた後、

「予定はいつくらいだろう?上の子達は、入院中どうする?」
「働き方も、考えないといけないなぁ。」

と、主人も、産む前提での話を始めました。

授かった命は産むという考えの私達。

長男を授かるまでの長い道のりがあった事と、
光璃を流産した経験(長男と双子としてお腹に宿った子)から、
なおさら、その気持ちが強いんだと思います。

まずは、病院に行って確認しないと・・・
でも、最終月経から考えるとまだ早いかも。
心拍が見える頃に、受診しよう
そう決めて、日々を過ごしていました。

日を重ねるにつれ、不安よりも、
授かった喜びの方が大きくなっていきましたニコニコ


そして、6週後半かと思われる頃に、上の3人を産んだ病院を受診しました。
正常妊娠なら、心拍が確認できる時期かな、と。

この病院では、まず、カルテを作るための面談があります。
前の妊娠とは、別のカルテを作ります。

◇年齢や、既往症などの健康状態の確認。
◇前回の子宮がん検診の確認
◇過去の妊娠の聞き取り(上の子達の、生年月日・妊娠中のトラブルの有無)など。

4度目なので勝手が分かるし、わーッ、妊娠の記録が増えたなぁ、
などと、のんきに受け答えしていました。
まさか、双子だなんて、微塵も思わずに。

続く・・・