できるだけ、良い子でいるよう心がけた
長女だから、従順に
できるだけ、親の敷いたレールに乗っかった
正確には、載せられた
最初の抵抗は、私立高校の希望
適当にそれっぽい理由をつけて、希望した
単願だから、当たり前のように受かった
でも、別に入りたくない学校
入学式翌日くらいに欠席した
その年に、飛び降り自殺未遂
自宅の二階の窓からだから、当然死ねない事くらいわかってた
それでも、夜窓際に外に向けて腰掛けてた
事故を装いたかった
でも、親に見つかり断念
学校をやめたくて何日も休んだりした
それから、学年が上がってクラスで2番目の学力に振り分けられ、MARCH以上の大学進学を目標とさせられた
勉強嫌いな私は、定期試験前だけ勉強して、クラスで3番くらいの成績だった
一方、模擬試験の偏差値は、平均以下
大学に進学したいと思っていなかった私は、高校3年の時期に専門学校への希望を親と担任に伝えた
時期も時期でクラスもクラスだから、当然反対された
専門学校じゃなくても、大学出てからでも遅くない
出世とか給料に後々響くのだそうだ
ちなみに、介護の道を希望した
現在も同じ
理由は簡単
周りからは、偉いと言われ、そんな娘を持つ親は幸せだろうと思ったから
実際に、今も介護の仕事に就くことに対して、すごい偉いと言われる
そこで、福祉系の大学を担任に勧められる
入試の2ヶ月前にその大学を知った
県立だった
私学よりも親にとって嬉しいだろうと思い、受験した
その場しのぎの言葉が上手に出るようになっていた私は、様々な角度から面接官の求めるような答えを述べて、合格した
現在、その大学の4年
就職先は介護職
適当に夢をつくって、周りからは考えのしっかりしてる人だと思われてる
大手じゃないぶん、そこは親の希望とは少し異なるかもしれないが、恐らく娘が介護職なら恥ではないだろう
そうやって、できるだけ望む通りのレールを辿ってきたけれど、いつからか芽生えていた希死願望は相変わらずどころか増していった
