僕とチサトが海へ行った次の日、
チサトは体調を崩した。
いつもは元気に起きてくるチサトだが、
この日は寒い寒いとなかなか起きてこない。
熱を測ると幸い微熱だった。
あなたが寒いのに連れ出すから
口にはしないが、横になるチサトの身体を拭く妻の背中には大きくそう書いている気がしてならなかった。
僕は責任を感じる。
「お花さんに水上げる」チサトは先程小さな声でそう言ったが、
「お花さんに風邪がうつってしまうから、今日はパパが上げるから大丈夫だよ」と僕は言った。
5輪のビオラも少し元気なく見えたのは、僕の心を投影してしまったからか、昨日の晴天が嘘のようにどんよりとした低い雲が辺りに立ち込めていたからかは分からない。水を上げると更に元気をなくしてしまったような気になる。
「ねぇ」居間の窓から妻の声が聞こえる。
「ちょっと買い出し行ってきて欲しいんだけど」
僕は妻から受け取った買い物リストを持って車に乗り込む。
トヨタのランドクルーザーは中古でチサトが産まれてから買った。
チサトが大きくなったら3人で自然に触れ合える場所に行きたい。その為にはオフロードでも走れる車じゃないと、と妻を必死に説得してようやく買えたので愛着があり気に入っている。
妻も運転が好きなので結局楽しそうに乗っていた。青みがかったグレーの大きな車だったので、チサトはゾウさんと呼んでいる。
いつもは閑散としていると県道沿いのドラッグストアは大きな駐車場はほぼ満車状態だった。
店からは重たそうなビニール袋を両手に持った初老の男が出てきた。
「閉店セールですか?」と僕が声かけると、
「雪だよ、雪」と男は答え、足早に車に向かった。
店内は人で溢れていた。
水や即席麺、停電に備えて電池やホッカイロ、
ガスボンベなど非常用に必要なものを買っているようだ。
温暖なこの地で大雪の予報。
海からは坂道が多く、斜面に住宅が並んでいる環境では車も出せなくなる。
「なるほど」
店内を行き交う人々を眺めながら僕は呟き、
買い物カゴを2つ取り、
人集りが出来ている売場へと向かう。
妻から頼まれたモノと雪に備えた備蓄品で、
ランドクルーザーのトランクはいっぱいになった。
家に着き、買ってきた諸々を運んでいると妻が「しーっ」っと言いながら玄関に来た。
「今寝たとこなの。ありがとう買い物。んっ、こんなに頼んだっけ」と妻は言った。
「雪だよ、雪」と僕は言った。
僕と妻は荷物をリビングに運ぶと、
テレビをつけた。
NHKではちょうど天気予報をやっていた。
急速に発達した南岸低気圧の影響で、
今日の夕方から大雪になるという事だ。雪の降り始めと帰宅時間が重なるため都心部の企業では就業時間を早めているらしい。
「えらい騒ぎだね」と僕は言った。
「暖かい場所だと思ったんだけどねぇ」と妻は言い、レースカーテンを開けて窓の外を眺めた。
窓の外の世界は昼間なのに薄暗く、
空も海も空気も、全てが灰色に見えた。
そんなモノトーンの世界に、
小さなビオラの花だけが、
際立って彩られた存在として、
僕らの目に映った。
つづく