瑠璃も玻璃も磨けば ヒカル☆ -2ページ目

瑠璃も玻璃も磨けば ヒカル☆

こんな日もあった
あんな日もあった
主人を膵臓ガンで亡くし
彼を胃ガンで亡くし…と、2度の死別を経験
グリーフケアの中、時間に取り残されながら
死ぬまで生きる自分の孤独を書き連ねていきます

私の母はとても強くて怖い

物心ついた頃から怖い怖い母でした。

私がお転婆過ぎたせいもありますが、

裸で手足を縛られて押入れに閉じ込められたり

2穴のベルトで鞭のように打たれたり

髪を両手で鷲掴みにされて外に放り出されたり

恫喝、罵倒、無視はしょっちゅう

いつもいつも母の顔色を見て生活していました。

父へのそれは私へのそれよりもっと酷く

今だと虐待とモラハラ?(笑)

父も昔は殴る蹴るをしたそうですが、

私が小学生になる頃から一切、

手をあげなくなりました。

母の性分は殴っても変わらないと

あきらめたそうです。

あまりの言われように、

時折声を荒立てたりはありましたが

ほぼ言われるがままの聞き流しで

父85母80の今もそうしています。



この連休、帰省しました。

久々に帰ると大事にされますが

私の緊張は途切れません。

姉が来たら一緒に食べようと買ってきた

お土産も母が持っていきたい所があると言えば

どうぞと言わざるをえません。


今回の帰省、

地域の秋祭で、御神楽の獅子舞いや

お囃子が回って来ます。

それには私の同級生が数人参加していて

その同級生に会うのをとても楽しみに

していたのです。

が、、、

家の前に御神楽が来て、私と父が立ち上り

玄関へと足を一歩踏み出した途端、

「出て行くじゃないよ❗」

と、キツめのひと言

その瞬間、すべてを諦めます。

後の小言や仕打ちがイヤだし

めんどくさいから

すぐに予想が出来るのです。

お祭りごとにすぐ浮かれて
普段こっちに住んでる訳じゃないくせに
出しゃばってみっともない
御神楽の人としゃべってどんな気がしてるだか

母の口から出るそんな言葉は

うんざりなんです。

諦めて2階に引っ込みました。

父も同じ、玄関は出たけど

御神楽の人達に近づきませんでした。



あんなに楽しみにしていたのに

ものすごい寂しい瞬間になりました。


幼い頃から培われた母に逆らっては

いけないという本能に

我ながらびっくりでした。


母は幸せなのかなぁ