自分を生きる。本当はみんながマイノリティ。

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発達障害やメンタルで疲れている人の方の楽な生き方。
また、全ての人にとって楽に生きられる新しい生き方、考え方について発信していきます。

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こんにちは!ともづきです。

 

 

今日は発達障害の子供を育てるのはどんな感じなのかということについて書いてみたいと思います。

 

『子供を育てるというのは、基本的にどんな子供であっても大変』という前提の上で話を進めますが、

 

発達障害の子を育てるのは冗談ではすまないくらいの大変さがあります。(その体験は親を非常に鍛えますが)

 

こんな風に書くと世間からは、厳しいご意見が飛んできそうですが、そういう方にこそ、ぜひ、読んで頂きたいです。

発達障害の子を育てる親は他者に理解されない深い孤独感を抱えていることが多いからです。

 

発達障害の子を育てる親は、

その子供の誕生時やごく幼い頃から

子供に対して、よくわからない違和感や、不安をおぼえながら子育てを行っています。

 

発達障害の子は乳児期から

コミュニケーション不全や、夜泣き、癇癪、多動などを抱えていることが多く、

親の多くは精神的にも体力的にも疲れ切っています。

 

また、そういったことが原因で周囲からは

『親の躾が悪い』などといった目で見られることが多いです。

 

しかし、幼少期というのは正確な診断が下りないことも多く、

子供の状態について自分の子育てが良くないのかもしれないなどと、自身を責めながら子育てを行っていくことが多いと思います。

 

また、その子供を育てるに当たっても、

通常の子育てではうまくいかないことが多く

正確な情報も得られない中、

独自の試行錯誤を繰り返しながら日々を過ごします。

(なんというか、珍しい生き物を育てているような感じですね。これは面白いといえば面白いのですが。)

 

そして、ある程度大きくなり、

 

診断が下りれば、腑に落ちつつも、それはそれでまた、ショックを受けたり、

普通の子供とは違う進路を取ることになり、

さらにショックを受けたり、将来を過度に心配したり

周囲との摩擦を起こす我が子のフォローに駆け回ったり、

書いていけばキリがないほどの苦労がそこにはあります。

(全てがショックとは限らないですが、それはとても複雑な心理なのです。)

 

我が子は自閉スペクトラムですが、

情緒的なコミュニケーションが取れず、

愛着関係がうまく築かれていかないもどかしさなどは本当に辛いものです。

 

しかし、世間では発達障害への風当たりはまだまだ強く理解者も少ないのが現状です。

散々苦労を重ねても、尚、周囲からは批判の対象になってしまうのです。

 

そして、また、発達障害の子を育てる時には親の多くはジレンマを抱えます。

 

子供の個性を重視して育てるべきなのか

世間でうまくやっていけるように、多少の無理をさせて、平均を目指して育てるべきなのか。

(もちろん、平均に収める必要なんてないです。)

 

発達障害の子は良くも悪くも個性的なので、本人にかなりの無理をさせなければ平均には収まらないのです。

 

発達障害の子供を育てる日々というのはそんな感じです。

 

でも、これは軽度発達障害の子供を育てている親御さんにお伝えしたいのですが、

 

私の個人的な考えですが、

発達障害の子というのは、ただ、ちょっと違うタイプというだけで、最終的には本人なりの正解を見つけることが可能です。

少なくとも私自身はそうでした。(私は短所だらけの子供でした。)

そして、育てるのは大変であっても、個性的であり、注目すべき面白い特徴をもった子供たちだと思います。

今からの時代、個性的であることは間違いなく強みになると思います。

ストレスを抱えやすいのは確かなので、そこは気をつけてあげたほうがいいですが、その個性の短所ではなく長所に注目して、お子さんを育ててみてください。

 

短所を補う方法は現代社会ではいくらでもあるのです。

 

お子さんのプラス面に注目することで、子育ても、お子さん自身もうまくいくのではないかと私自身は思っています。

 

 

こんにちは!ともづきです。

 

今日は発達障害の人の、『回避行動』、

 

要は、

 

『めんどくさくて、やりたくない!』

 

という気持ちや、

 

『やったことはないけど、とにかく嫌!』

 

という気持ちへの対処法を書いていきます。

 

発達障害の人の中には、興味のないことについては、

何をするにも面倒臭くてやりたくない気持ちが先立ってしまう方もいると思います。(もちろんそうでない方もいます。)

また、初めてやることになかなか取り組めないという方も多いと思います。

 

その結果、先延ばしや回避行動に出てしまい、周囲からの評価が下がることはもちろん、その本人も、ストレスを抱えて日常生活を送ることになっている方も多いのではないでしょうか。

 

これは、私自身の経験や、子供を見ていて思うのですが、

この、嫌な気持ちに『意志力』で立ち向かうのは、あまりにも効果が無さすぎると思います。

 

 

この回避行動に対処するには、

 

努力や気合いではなく、

具体的なスキルが必要です。

 

そもそも、この『回避行動』がどういったところから発生しているかといえば、

 

その、取り組む物事の『不透明さ』が主な原因になっているのではないか、と私は考えています。

 

その『不透明さ』が

 

実際以上の大変さやストレス、不快感を予想させ、回避行動へと至らせているのではないか

 

であれば、回避行動を払拭させる為には、

 

『不透明な部分をいかに見えるようにしていくか』が鍵になってくると思うのです。

 

 

例えば、

 

デスク周りがあまりにも散らかってしまって、片付けたいけどやるのが面倒くさい時、

 

それは、

片付けるのにどのくらいの時間がかかるのかわからない。

どこに何をどのように片付ければいいのかもわからない。

片付けるに当たって、何か必要なものがいるのかもわからない。

 

と、分からないことだらけの為、

実際の作業よりも大きなストレスを感じて先延ばし行動が出てしまうのです。

 

この時、力を入れるべきなのは、

 

自分自身のストレスを減らしつつ、

作業の全容を見えるようにすることです。

 

まず、物凄く短いゴールを設定します。

 

5分だけやったら、休憩しよう

 

と、決めて取り組むのです。

 

取り組む内容ではなく、5分経ったら休憩できるんだという所に意識を向けることがストレスを減らすポイントです。

 

で、5分やってみると、

まず、ちょっと取り組めたことで少しでも充足感を得られます。そして、実際には、キリがいい所まで取り組みたいという意識が働いて、5分以上の時間取り組めることが多いのです。

 

そして、これがポイントですが

 

このちょこっと5分取り組みを何度も繰り返していくうちに、

 

作業の透明性が出てきて、見通しを立てられるようになってきます。

 

要は、思ったより嫌じゃない・・

 

ということが分かってくるのです。

 

そして、その見通しが立てられれば、こっちのものです。

必要以上のストレスを感じることが無くなりますし、

できるじゃん、という手応えを掴むことができるからです。

そうすれば、自然と作業は勢いにのってきます。

 

自分のストレスを減らしながら、全体の見通しをつける、

実際に何をすればいいのかを明らかにしていく

そうすることで、先延ばしを回避し、

生活をスムーズなものにしてみてください。

 

対策を立てれば、思い通りに生活することは可能です。

 

この5分取り組みは、シンプルすぎて、やってみないとピンとこないとは思いますが、効果は大きいです。

 

お子さんの長期休みの宿題などにも有効だと思いますのでお困りの方は試してみてください。

 

 

 

こんにちは!ともづきです。

 

 

今日は、『発達障害はデメリットなのか?』ということについて、『私、ともづき個人の考え、捉え方』を書いていきたいと思います。

 

まず、当ブログでは様々な『発達障害』について、ひとくくりにして、『発達障害』と呼んでいますが、

これは主にアスペルガーやADHD、広汎性発達障害、学習障害のことを指して書いてます。(アスペは自閉スペクトラムに一本化されるようですが)

 

少しずれますが、、

なんでひとくくりにしているかというと、分類する意味があまり感じられないから。目安にはなるとは思いますけど、診断名ってあまり細かくつけることに私個人は意味を感じません。

 

精神科では患者が訴えていない症状については診断のしようもないわけですから、『患者がどう表現するか』が診断名に大きく影響します。診断名が変わることもよくあり、正直、正確性には欠けると思います。

そして、何より、症状のかなりの部分が被っているわけですから、対処法を考える際にはひとくくりにしても何の問題もないと私は思っています。

 

 

で、今回はその

『発達障害はデメリットなの?』ということについて書いていきます。

 

これは、一長一短あるとは思うのですけど、

純粋に、障害だけで見ると、

今の時代、メリットのほうが多いと私は思っています。

 

なぜかといえば、発達障害の人は、

 

断然、個性的だからです。

 

そう言われても、

 

『や、そんなことない、私は無個性です』

という方は多いと思うのですが、

 

それは、

極度にみんなと同じであることを求められすぎた結果です。

 

発達障害の人というのは本人が好むと好まざるに関わらず、平均からは大きく外れています。

しかし、生育過程や学校社会においては平均的であることを求められますし、

そうでなくては生きづらいのが現代社会です。

 

その結果、発達障害の人は自分の個性に対して否定的な見方を持ち、その個性を求められるがままに自ら削っていきます。

個性的では生きづらいゆえに、個性を削った結果、自らの持ち味も一緒に潰してしまうのです。

 

これは発達障害の人だけに限るわけではないですが、学校や社会、様々な状況において、

『これは良い』『あれはダメ』とあれこれと勝手な評価を受けますね。

 

でも、その評価の大部分は、単に、

『そのほうが相手にとって(周囲にとって)都合がいい』ってだけです。

本質的な意味など、考えられてはいません。

 

上手にできるのがいい

早くできるのがいい

みんなと一緒にできるのがいい

大人しくしていられるのが偉い

堂々と発表できるのが偉い

遅すぎる

協調性がない

大人しすぎる

 

言えばきりがないほど勝手な注文をつけられながら人は育っていきます。

しかし、本当は、その個人が持っている資質を長い目で伸ばしていくことのほうが大事なのではないでしょうか?

 

おとなしい子は、よく考える子かもしれない。

何をするのも遅い子は、丁寧に物事を行える子かもしれない。

協調性がない子は誰も思いつかないアイディアを考えつくかもしれない。

 

でも、小さな子供にはそんなことはわからず、

言われるがままに自分を責め、劣等感を持ち、その個性を削ってしまいます。

 

しかし、その個性は本来、もっと大切に育まれるべきものです。

発達障害であればこそ、尚のこと、平均ではなく、その個性の方を重視するべきです。

 

個性をつぶして頑張って人並みになるくらいなら、

その個性を生かして、自分を輝かせたほうがいい。

 

学校や社会では短所ばかり責められますが、実際には短所を補う方法なんていくらでもあるのです。

 

計算が苦手なら、電卓を使えばいいし

忘れっぽいなら、スマホでリマインダーでも付ければいい

コミュニケーションが苦手ならそんな職種につかなきゃいい

 

発達障害の短所は現代社会ではいくらでもカバーすることができるのです。

 

でも、個性というのは誰でもが持ち得るものではありません。

 

あなただけが持つ唯一無二のものです。

 

だから、私は発達障害は短所ではなく、

本来はむしろ、長所でさえある、と思うのです。

 

一度きりの人生、

周囲に合わせる自分ではなく、

自分らしい自分、

自然体の自分、

自分にとって心地よい自分で生きることを大切にして、自分の個性を大切にされてください。